タカラ~ムの本棚

読んだ本の感想などをボチボチと綴るブログ

「原州通信」イ・ギホ/清水知佐子訳/クオン-成長できない男の悲哀がユーモラスであり、どこか我が身に重ねてみたりするなど

 

 

文学を中心に韓国なさまざまな本を翻訳紹介している出版社『クオン』が手掛ける『きむふなセレクション・韓国文学ショートショート』シリーズは、1篇の短篇小説の日本語訳と韓国語原文を両方掲載し、かつ韓国語の朗読音声をYoutubeで視聴することができるという、韓国文学好きで韓国語を学びたい人にはオススメのシリーズである。

今回、シリーズ中の1作であるイ・ギホ「原州通信」を訳者の清水知佐子さんが『はじめての海外文学vol.5』に推薦されていたので読んでみた。

韓国で人気の長編大河小説「土地」の著者朴景利(パクキョンニ)先生が主人公の住む江原道原州市に引っ越してきた。というところから話は始まる。ただ、主人公と朴先生が物語の中で直接絡むというわけではない。というか、ふたりはただ近所に住んでいる(いた)というだけでなんら接点はない。主人公だけが一方的に朴先生の存在を利用しているだけだ。

こんな経験はないだろうか。

たまたま自分が住んでいる近所に有名芸能人が住んでいて、全然面識も近所付き合いもないのに仲良くしているような嘘をついてしまった。
学校の同じ学年や先輩、後輩に有名人がいて、自分を大きく見せようとその人の名前を利用した。

交流もなにも全然ないのに、まるで昔からの親友みたいなフリして自慢話をしてしまい、あとになって面倒なことなってしまったという経験がある人は、案外いそうな気がする。本書の主人公もそうだ。

本が出版され、ドラマ化され、大ヒットして有名作家になった朴先生。その近所に住んでいるというだけの関係なのに、それを大げさに自慢気に話して友人たちの関心を引こうとした主人公の浅はかさ。思わず笑ってしまう。でも、気持ちはわかる。

若かりし頃に大げさに話した朴先生との関係(もちろん嘘)は、大人になった主人公を窮地におちいらせる。アタフタする主人公が面白い。

短いからすぐに読める。そして面白い。まさに『はじめての海外文学』にピッタリの本だと思う。