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ハン・ガン/斎藤真理子訳「すべての、白いものたちの」(河出書房新社)-白きもの、それは、儚くて、柔らかくて、優しくて、少し怖い

 

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小説というよりは、ひとつひとつが美しい詩歌のような、胸にじんわりと染み入ってくるような作品だと感じた。

そう、これは『作品』だ。「小説」であり「物語」でありながら「小説」でも「物語」でもない。『作品』なのである。

芸術的といってよいだろう。美しく刻まれた言葉には、儚い息づかいが感じられ、柔らかい空気の流れを感じる。夢のように幻想的な感覚があれば、スッと首筋を撫であげるようなゾクリとする感覚もある。ひとうひとつの言葉に、ひとつひとつ違った感触がある。

『白』は、なぜこんなにも儚くて柔らかいのか。
『白』は、なぜこんなにも優しくて怖いのか。

『白』は命の象徴であり、「生」と「死」をあらわしている。

生まれくる無垢なる命には、生きるための「白」がみえる。何者にも染められていない無垢なる「白」は、未来の希望を描くための真っ白なキャンバスのようだ。この世に生を得た者は、その身を汚れのない白いおくるみにくるまれ、健やかに呼吸を繰り返す。

死にゆく者の行く末に見えるのも「白」だ。生まれてすぐに死んでいったという姉の存在も、40歳にも満たない若さでアルコールの海に溺れて死んだ叔父の存在も、死んだ者たちの人生は白く塗りつぶされる。なぜなら、彼らの思い出は残された者によって書き換えられるものだから。はっきりと書かれてはいないけれど、死とは新たに生まれ直すこととすれば、「死」は「白」へと通じる。

この『作品』には、さまざまな白きものが存在する。ドア、産着、霧、タルトック、息、白木蓮、白髪。

無機質な「白」にハン・ガンは言葉を与える。言葉を与えられた「白」は、命を与えられ、意味を与えられる。そして、「白」は物語となる。私たちは、作家が「白」から生み出した物語を読み、その意味をそれぞれのイメージとして形にする。

観念的で抽象的な言葉でしか、この気持ちを表現できない。単純に「感動した」とは記したくない。だけど、私にはハン・ガンのように言葉に命を与えるとはできない。それでも、どうにか言葉をつむいでみれば、抽象的で曖昧な、奇妙な文章が生まれる。

もう無理はやめておこう。この作品を語るのに、これ以上おかしな言葉を費やす必要はない。儚くて、柔らかくて、優しくて、少し怖い。ハン・ガンのつむぐ美しい言葉が生み出した命をゆっくりと味わってください。

 

すべての、白いものたちの

すべての、白いものたちの

 
すべての、白いものたちの

すべての、白いものたちの