タカラ~ムの本棚

読んだ本の感想などをボチボチと綴るブログ

マイケル・ボーンスタイン、デビー・ボーンスタイン・ホリンスタート/森内薫訳「4歳の僕はこうしてアウシュヴィッツから生還した」(NHK出版)-絶対に忘れてはいけない。絶対に繰り返してはいけない。

大勢の子どもたちが写った一枚の写真がある。アウシュヴィッツ強制収容所が解放されたときにソ連軍が撮影した記録映画の一場面である。誰も生きて出られないとされた強制収容所から解放された喜びと安堵、希望に満ちているはずの子どもたちの目は、しかし、一様に虚ろで不安そうな表情をうかべている。疲れ切ったその表情からは、アウシュヴィッツで過ごした日々の過酷さが伝わってくる。

子どもたちの中でも、ひときわ虚ろな表情で写っている前列右側の男の子が、本書の著者であるマイケル・ボーンスタイン氏である。このとき、マイケルは4歳だった。

本書「4歳の僕はこうしてアウシュヴィッツから生還した」は、マイケル・ボーンスタイン氏が、自らの経験を語ったノンフィクションである。

ユダヤ人であるマイケルは、ポーランドのジャルキという町にあるユダヤ人ゲットーで生まれた。彼が生まれる2年ほど前に、ドイツ軍がポーランドに侵攻し、ジャルキもナチス支配下におかれた。ユダヤ人は財産を奪われ、仕事を奪われ、なにより自由を奪われた。「第三帝国(ドイツ)への貢献は、そして帝国をより豊かにより強くするのを助けるのは、ユダヤ人の責任だ」とドイツ軍は主張し、ユダヤ人からすべてを奪い取ったのである。

ナチスドイツのファシズムについて記述された様々な文献を読むたびに、怒りと恐怖で胸がいっぱいになる。いったい、どうすればこれほどに人間は残酷になれるのだろうかと思う。過酷な強制労働、冷酷無比な大量虐殺行為、不衛生で満足な食事も与えられず痩せ衰えていくユダヤ人たち。なんの罪もない、ただユダヤ人であるというだけで迫害されたのだ。

ユダヤ人迫害は、マイケルのような幼い子どもであっても関係なかった。むしろ、幼い子どもや老人ほど、労働力として使えない、反体制的な思想を持つようになるかもしれない、などの理不尽な理由からと躊躇なく殺害された。生き残った子どもも人体実験のモルモットのように扱われたりして、結果として殺された。本書の序文でマイケルはこう語っている。

収容所が解放されたときに生き残っていたのは2819人で、そのうち8歳以下の子どもはわずか52人だった。

解放後のマイケルの人生も本書には記されている。戦争後も彼らはユダヤ人であるということで白い目で見られ、嫌悪され続けた。ホロコーストの恐怖からは解放されても、ユダヤ人に対する偏見という恐怖からは解放されることがなかった。

それでも、マイケルとソフィーは自由を求めて生きた。今を生きているものたちの絆と死んでいったものたちの思い出を糧としながら。

長くマイケルは自分の過去を語ろうとはしてこなかった。だが、本書冒頭にある写真の存在を知り、その写真が「ホロコーストは嘘で、存在しなかった」とするサイトに利用されていることを知ったことで考えを変える。

もしも私たち生存者がこのまま沈黙を続けていたら、声を上げ続けるのは嘘つきとわからず屋だけになってしまう。私たち生存者は、過去の物語を伝えるために力を合わせなければいけない。

マイケルが語ってくれた過去の物語を私たちはこれからも語り継いでいかなければならない。