タカラ~ムの本棚

読んだ本の感想などをボチボチと綴るブログ

ティリー・ウォルデン/有澤真庭訳「スピン」(河出書房新社)-フィギュアスケートにかけた青春。仲間、ライバル、いじめ、そして恋。フィギュアスケーターだった著者の自伝的グラフィックノベル。

今年(2018年)、平昌で冬季オリンピックパラリンピックが開催された。日本人選手の活躍はもちろん、世界中からトップアスリートが出場する大会だけにひとつひとつの競技に見どころがあった。

冬のオリンピックの花形競技といえば? と問われればいくつか挙げられるだろうが、やはりフィギュアスケートは外せないのではないだろうか。平昌オリンピックでは、足の怪我で出場も危ぶまれた羽生結弦選手が見事な演技で66年ぶりの2大会連続金メダルを獲得し、日本だけでなく世界中に感動を与えた。女子では、ドーピング問題で国としての出場はなかったが、ロシアからの選手としてザギトワ、メドベージェワの両選手がともに最高の演技で金メダルを争った。

あらゆるスポーツの中で、フィギュアスケートはもっとも華やかで注目される競技だと思う。それだけにフィギュアスケーターに憧れ、オリンピックを目指して練習を重ねる選手の数は多い。わずか2、3人の代表枠を巡って、彼ら彼女らはしのぎを削る。

「スピン」は、フィギュアスケートの世界が舞台となっているグラフィックノベルだ。著者のティリー・ウォルデンは、元フィギュアスケート選手であり、本書が彼女自身の自伝的な作品となっている。

主人公のティリーはもちろん著者自身だ。彼女は、フィギュアとシンクロナイズドのスケーターである。シンクロナイズドは耳慣れない競技だが、これは『シンクロナイズド・スケーティング』という団体競技で、チームで演技する“氷上のシンクロナイズドスイミング”のようなものらしい。ティリーは、フィギュアのシングルとシンクロの両方の選手なのだ。

物語は、ティリーのスケーターとしての練習と競技の日々を描きつつ、彼女の学校での生活、少し複雑な家庭環境、そして彼女自身の性的マイノリティが描きこまれている。

「スピン」が描き出すのは、フィギュアスケートに青春をささげた少女のライバルたちとの熾烈な闘いの日々ではない。フィギュアスケーターとしての自分の素質や才能の現実と向き合いながら、ひとりの少女としてあたりまえに過ごす毎日の生活やいじめの問題からLGBTの問題まで、著者自身が歩んできた人生のすべてが描かれているのだ。

十代の多感な時期を過ごす中で、彼女はいろいろな経験をし、いろいろなことに悩む。それは、若者すべてにあてはまることだ。友だち関係、恋人関係、家族関係、いじめの問題、自らの性癖の問題、それらはすべて、かつて若者であった私も含めて多くの若者たちが通ってきた道なのだ。

若いときは。目の前にある道がどこに続いているのかも、目的の場所につながっているかもわからない不安が常に頭の中で渦巻いていた。「自分の未来なんてどうにでもなる。今が楽しければそれでいいんだ」と嘯いてみることで、自分自身の不安を鎮めようと抗っていた。今から思い返せば、そんなのは些細なことだったと笑い飛ばせる。すっかりオジサンになってしまったが、久しぶりにあの頃の自分を思い出した。