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読んだ本の感想などをボチボチと綴るブログ

A・ボグダーノフ、E・ゾズーリャ他/西周成編訳「ロシアSF短編集」(アルトアーツ)-1800年代から1900年前後のロシアSF短編を集めたアンソロジー。ディストピア物から宇宙物まで、意外に王道のSF作品なれど、ロシアらしさも感じられます。

ロシアSF短編集

ロシアSF短編集

  • 作者: アレクサンドル・ボグダーノフ,エフィム・ゾズーリャ,アレクサンドル・クプリーン,ウラジーミル・オドエフスキー,セルゲイ・ステーチキン,西 周成
  • 出版社/メーカー: 合同会社アルトアーツ
  • 発売日: 2016/11/09
  • メディア: オンデマンド (ペーパーバック)
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ロシアSF短編集

ロシアSF短編集

  • 作者: アレクサンドル・ボグダーノフ,エフィム・ゾズーリャ,ウラジーミル・オドエフスキー,アレクサンドル・クプリーン,セルゲイ・ステーチキン
  • 出版社/メーカー: アルトアーツ
  • 発売日: 2016/11/26
  • メディア: Kindle
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ロシアの小説というと、トルストイドストエフスキーのように重厚で長大な堅苦しいイメージがあって、それが苦手で読まず嫌いな人も多いと思う。だけど、ユーモラスな作品も多いし、読みやすい作品も多いから、実際に読んでみれば結構面白く読めたりする。ブルガーコフとか。

それでも、『SF作品』となるとあまりピンとこない。ロシアのSF作家といわれて名前があげられる作家も浮かばない。ちなみに、「ソラリス」で有名なSF作家スタニスワフ・レムは、ポーランドの作家であって、ロシア人SF作家ではない。

 

しかし、ロシアにSF小説がない訳ではない。本書「ロシアSF短編集」にはロシア人作家によるSF短編が6作収録されている。

ウラジミール・オドエフスキー「地球の生涯の二日」は、彗星の地球衝突が近づく中、貴族たちが退屈を持て余し、それぞれの地球消滅物語を描き始める。1828年に書かれた物語の背景には、当時噂されていたハレー彗星の地球衝突があると編訳者あとがきにある。彗星接近に絡めた作品は、当時数多く書かれていたようだ。

アレクサンドル・ボグダーノフ「不死の祭日」は、人間が不老不死を手に入れた未来を描いている。今年で1000歳を迎えるフリーデは、長く生きすぎたことで生きる意欲が失われていることに気づく。全知と不死に対する疑念が湧き上がる中、彼はある決断をする。〈不老不死〉というユートピアが人間にもたらす不幸を描いた作品。

セルゲイ・ステーチキン「祖先達」は、ウェルズ「モロー博士の島」を想起させる。チジョフ教授の教室を訊ねてきたレーゲリ博士が残していった旅の記録。そこには、彼が長い旅の途中で遭遇した異世界の光景が克明に記されていた。

アレクサンドル・クプーリン「王の庭園」は、人種の壁、身分の壁がなくなった世界の物語。王と臣民という身分によって守られていた時代から長い時を経て、誰もが平等な身分となったとき、かつての王族の末裔はひとりの少女に出会うことで、自らの存在価値を見つめ直す。人類の平等を描いた理想とも読めるし、崩壊しつつあった帝政ロシアの断末魔を描いているようにも読める。

エフィム・ゾズーリャ「アクと人類の物語」は、生活に不要と認められた人物は24時間以内に死去する義務を負うと通告が出されるところから始まる。人々はパニックとなり逃亡を図る。誰かが選ばれたと聞けば、「あいつは不要な人間だと知っていた」と罵り、自分が選ばれたと知ると絶望する。近い未来に起きるスターリンの粛清を予見しているようなディストピア小説。

グラアーリ=アレリスキー「火星に行った男」は、未知との遭遇の物語。ニコライ・アレクサンドロヴィチは、開発したロケットによって莫大な富を得ると別荘と観測所を建てる。彼は、そこで火星を観測し、かの惑星に異星人の文明の発見する。まだ見ぬ火星人との邂逅を未来志向的に描いたファーストコンタクト小説。

編訳者の作品選択によるものではあるが、様々なジャンルのSF作品が並んでいて、ロシアでも普通にSFは存在していたのだと知ることができた。あとがきを読むと、それぞれの作家はここに取り上げられた作品の他にも多くのSF作品を残しているという。

各作品には、書かれた時代の空気感が盛り込まれている。帝政ロシアがまだ勢いを持っていた1800年代前半の作品では、ロシア貴族の優雅で特権的な面が描かれているし、時代が進んで帝政ロシア末期やロシア革命前後に書かれた作品には、没落する貴族たち、一般市民の反発、国家による独裁的政治など、体制の改革によって表面化した理想と現実との乖離が作品ににも描かれているように読める。

かなりマニアックな短編集ではあるけれど、こういうロシア文学もあるんだと知ることができる1冊だと思う。