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【書評】シャーリー・ジャクソン/市田泉訳「処刑人」(東京創元社)-少女は空想の中で成長し、大人としての真実に足を踏み出す

処刑人 (創元推理文庫)

処刑人 (創元推理文庫)

 
処刑人 (創元推理文庫)

処刑人 (創元推理文庫)

 

2016年に刊行されたシャーリー・ジャクソンの作品は、本書を含めて5冊になる。

 「処刑人」(東京創元社)2016年11月刊 ※本書
 「絞首人」(文遊社)2016年8月刊 ※本書の別訳(訳者:佐々田雅子)
 「くじ」(早川書房)2016年10月刊 ※「異色作家短篇集」の文庫化
 「日時計」(文遊社)2016年1月刊
 「鳥の巣」(国書刊行会)2016年11月刊

「処刑人」と「絞首人」は、いずれも「HANGSAMAN」の翻訳になるので、作品としては4作品ということになる。短篇集「くじ」を除いた長編3作品はいずれも初訳である。ということで、2016年はちょっとしたシャーリー・ジャクソン・イヤーであった。

 

本書「処刑人」は、シャーリー・ジャクソンの長編第2作にあたる。文筆家の父と母、弟の4人家族であるナタリーという少女を主人公に、彼女の成長を描く作品だ。と書くと、ストレートな少女成長小説なのかと思われるが、そんなことはない。むしろ、思い切り癖の強い変化球が本書なのだ。で、そんな変化球小説が、私にとってのシャーリー・ジャクソン初読み作品である。

ナタリーは、ちょっと妄想癖のある少女だ。もうすぐ大学生になって、学校の寮に入ることになっている。父のアーノルドは文筆家で、堅物で独善的で理屈っぽい、まあ偏屈な男である。母のチャリティは、そんな偏屈な夫を嫌悪し自らの人生を悲観している。ナタリーは、そんな両親のもとを離れて学生寮に入ることで自分が変われると考えている。

大学に入学したナタリーは、両親の束縛から離れて新しい生活に踏み出す。学生生活、寮生活の中で多くの人と出会い、人間関係を築いていくが、そこにはどこか現実味が薄い印象を受ける。なぜなら、それはナタリーが妄想癖のある少女だという先入観が読者である私の頭に存在しているからだ。現実的な出会いでありながら、どこまでがリアルでどこまでがナタリーの妄想なのか、意図的に曖昧性をもたせた文章によって描かれることで、読者はその区別がわかりにくい。それは、物語の後半になってナタリーの前に現れるトニーという少女の存在感にもつながっていく。

ナタリーにとって、トニーは間違いなく存在していた少女だ。そう、“ナタリーにとって”である。その存在が、現実的な意味での存在なのか、幻想的な意味での存在なのか、それは本書を読む上で読者をテストするためのリトマス紙のようだ。そこまで穿って読む必要はないかもしれない。素直に読んで素直に理解したとおりに読めばいいのだと思う。そう思うのだけど、それではいけないような気も拭えないのだ。

なるほど、シャーリー・ジャクソンの作品を読むというのは、こういうモヤッとした気分を味わうことなのかもしれない。

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