タカラ~ムの本棚

読んだ本の感想などをボチボチと綴るブログ

【書評】村山早紀「桜風堂ものがたり」(PHP研究所)−桜の花に囲まれてある小さな書店は、本を愛する人たちを優しく迎えてくれる。書店への愛と書店員への愛が溢れた作品

桜風堂ものがたり

桜風堂ものがたり

 
桜風堂ものがたり

桜風堂ものがたり

 

自分を重度の活字中毒と自負する者として書店に足を運ぶことは、もはやルーチンワークといってよい。

書店に行ったときに楽しみにしていることがある。それは、その書店独自のフェアであったり、ときに“カリスマ”と呼ばれるような名物書店員さんによるオススメ本だったりする。今年(2016年)10月に、書評サイト「本が好き!」と連携してレビュアーによる選書フェアを展開した「BOOKPORT大崎ブライトタワー店」では、毎月入れ替わりで店頭のフェア棚を出版社などに貸し出して、既存のフェアとは違う独自のフェアを展開しているし、他にもそのような取り組みをしている書店は増えてきている。

「桜風堂ものがたり」の著者村山早紀さんの存在を知ったのも、「BOOKPORT大崎ブライトタワー店」での「本が好き!」フェアに著書「ルリユール」が並んでいたからだった。

 

本書は、とある県の山間の町-桜野町にある“桜風堂書店”と、月原一整というひとりの書店員を軸に描いた作品である。

月原一整は、老舗の星野百貨店にある銀河堂書店に勤務している。担当は文庫。他の同僚に比べても決して目立つ存在ではないが、その目利きの鋭さから店長の柳田に「宝探しの月原」とあだ名されている。ある日、万引き犯の少年を見つけた一整は、彼を捕まえようと追いかけるが、その結果少年は交通事故に遭ってしまう。幸いにして怪我だけすんだのだが、万引き犯とはいえ少年を事故に遭わせるほど追い詰めた一整の行動が批判の対象となってしまう。書店への抗議の電話、百貨店への抗議の電話、ネット上で拡散し炎上する非難、批判の声。結局、一整は学生時代から勤め続けてきた銀河堂を辞めることになる。

銀河堂を退職した一整は、かねてより訪ねてみたいと思っていた桜風堂書店を訪れるため、以前、同じアパートの隣室に住んでいた老人から譲り受けたオウムを旅の友に、桜風堂書店のある桜野町へ向かう。桜風堂の主人は身体を壊して入院中で、その病院を訪れた一整に主人は「桜風堂を預かって欲しい」と頼む。ひとまず、店の様子をみるのと、主人の留守をひとりで守っている孫の透の様子をみるために一整は桜風堂書店へと足を向ける。

橋を渡るにつれ、その小さな書店は、少しずつ近づいてきた。桜風堂、という名の通り、店は大小の桜の木々に囲まれている。創業者が開店の時に植えた木々が、見事に育ったのだと、以前「桜風堂ブログ」で読んだ。

桜風堂書店への向かう道すがらの風景は実に美しい。この風景の中に佇む桜風堂書店がもし実在するならば、ぜひ訪ねてみたいと思わせる。魅力的なのは風景と佇まいだけではない。桜風堂書店そのものも魅力に溢れている。

戸口から桜風堂の中へと、一整は足を踏み出した。よく掃除されて、艶のある木の床を歩くごとに、鼓動が速くなるのを感じた。少年のように頬を火照らせながら、店の中を見回す。
写真で見たことがある、飴色になった本棚の平台が並んでいる。一冊一冊丁寧に置かれ、差された本たちが、静かにそこにある。本たちはどこか眠っているように見えたけれど、透が灯りを灯し、部屋が明るくなると、一斉に目覚めたように見えた。棚で、平台で、それぞれに置かれた場所で、輝くように、めだつように、そして互いに引き立て合うように。
その様子は、一整には、声のない合唱団がうたい始めたような、そんな情景に見えた。

この、月原一整と桜風堂書店の物語と並行して描かれるのが、「四月の魚」という本を巡る物語である。

「四月の魚」は、かつての人気脚本家団重彦が長年の沈黙を破って発表する小説である。銀河堂に勤務していた頃に「四月の魚」の刊行を知った一整は、自分がこの作品を売ろうと決意する。しかし、一整は万引事件後のゴタゴタで銀河堂を退職。彼の想いは残された銀河堂の書店員たちが受け継ぐことになる。

「四月の魚」を巡る一連の物語は、書店員たちの奮闘を描く「お仕事小説」だ。販売開始前のゲラを繰り返し読み込み、その作品の魅力を深く理解する。ある書店員は販促用のPOPを作り、ある書店員は店頭ディスプレイを考える。雑誌に本を紹介するコラムを連載している副店長はその中で作品をとりあげ、その内容はTwitterなどのSNSを介して拡散していく。ラジオで本を紹介するミニ番組を任されている書店員は、作品の魅力をゲストと存分に語り合う。さまざまな関係者と連携し、その本を1冊でも多く売るために彼らは奮闘するのである。

著者は、作家として、多くの書店員さんが自分の本を1冊でも多く売ろうと努力してくれている姿を目の当たりにしてきたのだと思う。本書に彼らの活躍ぶりを描くことは、著者から、この本を売ってくれる全国の書店員さんたちへの感謝であり、エールなのだろう。

物語のラストで、「四月の魚」の著者である団重彦が桜風堂書店を訪れる。彼は、「宝探しの月原」と呼ばれ、「四月の魚」を見つけ出してくれた一整に作品を書いた理由を語ったあと、最後に感謝の言葉を伝える。

ありがとうございます。わたしにとってあなたは、奇跡を起こす魔法使いでしたよ

この言葉は、団重彦のセリフを借りて、村山早紀さんがすべての書店員さんに向かって発信したメッセージだ。そう思っている。