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【書評】ヴァレンタイン・デイヴィス「34丁目の奇跡」(あすなろ書房)-ひとりの老人が起こす奇跡。彼は本当にサンタクロースだったのだろうか? #はじめての海外文学 Vol.2 ビギナー篇より

34丁目の奇跡

34丁目の奇跡

 

気がつけば12月も半ばに差し掛かり、年末の慌ただしい喧騒が街にあふれる時期となりました。

この時期、多くの人たちの心をワクワクさせるのはクリスマスですね。恋人と過ごすクリスマス。家族と過ごすクリスマス。ひとり寂しく過ごすクリスマス。仕事に追われて過ごすクリスマス。クリスマスの過ごし方は人それぞれだと思います。

ところで、サンタクロースの存在をいつまで信じていましたか?

 

「おとなになった今でも信じているよ!」という人もいるでしょうし、小学校にあがることには「サンタクロースはお父さん」と冷静に気づいてしまった人もいるでしょう。

ヴァレンタイン・デイヴィス「34丁目の奇跡」は、サンタクロースを巡るお話です。物語はこんなふうにはじまります。

クリス・クリングルはサンタクロースにそっくりだった。
これほどのそっくりさんは、どこの老人ホームにもいないだろう。白いひげに赤い頬。りっぱな胴まわり。どこを見てもご本人としか思えない。おまけに名前だが、この〈クリス・クリングル〉はサンタクロースの別名ときている。それがたんなる偶然なのか、それとも、自分でかってにつけた芸名のようなものなのか、クリスが暮らしているメイプルウッド老人ホームでは、だれも知らない。

物語の主人公クリスは、メイプルウッド老人ホームで暮らす老人です。彼は、見た目もさることながら、本人が自分をサンタクロースであると公言しています。ですが、老人ホームのドクターはじめ周囲は信じていません。どちらかというと「自分をサンタクロースと思い込んでいるちょっと哀れな老人」と考えています。ただ、そのことで周囲に害を及ぼすわけではないので、暖かく見守っているのです。

彼の行動はさまざまな奇跡を起こします。奇跡といっても、魔法のような話ではありません。ちょっとした善意の行動を引き金にして、それがやがて大きな奇跡へとつながっていく。本書は、些細な善意が連鎖していくことで大きな奇跡を起こす力になっていくことを読者に教えてくれます。何かを信じるということが、人生を豊かにし、人と人のいがみ合いや争いごとをなくし、幸せをもたらしてくれることを教えてくれます。

物語の後半になると、クリスは本当にサンタクロースなのかを巡る論争へと発展していきます。ただ、そのことはこの物語の本質ではありません。実際のところ、彼が本物のサンタクロースなのか否かは、言葉は悪いですがどうでもいいことなのです。本質は、前述したように、彼が起こした些細な出来事が奇跡を起こしたということ。人間の信じる力が奇跡を起こせるのだということ。そのことに尽きると、私は思うです。

本書は、もともと1947年の映画「34丁目の奇跡」のノベライズとして発表されたものです。著者のヴァレンタイン・デイヴィスは、映画の脚本原案者でもあります。映画は、これまでに4回テレビドラマなどにリメイクされていて、1994年には映画版としてリメイクされています。クリス役はリーチャード・アッテンボロー。現在、レンタルや動画配信等で気軽に観られるのは、この1994年版「34丁目の奇跡」かもしれません。ただ、小説と映画では設定やストーリー展開が異なるところもあるので、個人的には小説版をオススメしたいと思います。