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【書評】ノダル・ドゥンパゼ「僕とおばあさんとイリコとイラリオン」(未知谷)-大好きなおばあさんとイリコとイラリオンと過ごした日々

僕とおばあさんとイリコとイラリオン

僕とおばあさんとイリコとイラリオン

 

(ドアをノックする音。ひとりがけのソファから老人がゆっくりと立ち上がる。彼の足元では、これも相当な老齢とみえる犬が眠っている。老人は少しおぼつかない足取りでドアに近づき扉を開ける)

よく来たね。まあお入りなさい。おや、服が濡れているね。表は雨かね。齢を取って表に出るのが億劫になっているから、外の様子に気づかなかったよ。さ、ストーブの近くに座るといい。

 

あの話を聞きにきたんだろう? ふぅん、いったいなにが面白いのかね? なぁ、ムラダ(足元で老犬が面倒くさそうに顔を上げる)。ま、こんな年寄りの話でいいんなら、いくらでも話してあげよう。なに、時間だけは有り余っているからね。あ、でも記憶のほうが薄くなっちまってるかな、ハハ。

子どもの頃の話さ。私が12歳のとき。あの頃、私はオルガおばあさんと暮らしていた。え、ご両親はどうしてたのかって? さて、どうしてたのかな。記憶がないよ。

おばあさんは、けっこう口が悪くてね。私にもさんざん文句を言ってたよ。でも、私はおばあさんが大好きだった。もちろん、イリコとイラリオンもね(「ワン」と老犬が吠える)。あぁ、そうとも、ムラダもおばあさんが大好きだったな。一応断っておくけど、今言ったムラダはコイツのことじゃないよ。確かにコイツはだいぶ年を食ってるけど、そこまで長生きなわけないからね。私が子どものときに飼っていた犬もムラダだったんだ。ウチじゃ、犬は代々ずっとムラダさ。

そういや、あのときのムラダにはかわいそうなことをしちまってね。アイツが死んだときには、私もおばあさんもイリコもイラリオンも悲しんだ。表にすずかけの木があったのを見たかい? あの木の下にムラダを埋めたんだ。今でもあそこにムラダは眠ってる。そのうちコイツもね。なんだったら、私も死んだらあの木の下に埋めてもらおうかな。

イリコとイラリオンはふたりも変なおじさんだったな。イリコは片目をなくしていてね、イラリオンは「一つ目小僧」ってからかってた。しょっちゅう口喧嘩してたけど別に仲が悪いわけじゃない。まぁ、腐れ縁みたいなもんだよ。私は、ふたりといつも一緒だった。イリコの家の庭にさくらんぼの木があってね、イリコがすごく大事にしてたんだけど、そのさくらんぼの実をイラリオンと私で盗みに行ったときの話が傑作なんだ。トビリシの学校に通ってるときにマルタおばさんの下宿に居候させてもらってたんだが、マルタおばさんにこの話をしたら大笑いだったよ。

おばあさんとイリコとイラリオンの話は、どれも楽しい話ばかりだがね、中には悲しい話もある。私が居候してたトビリシのマルタおばさんの下宿の部屋にイラリオンが少しだけ一緒に住んでたことがある。イラリオンは目の病気になってね、結局片方の目を失うことになった。さんざん「一つ目」ってからかってたイリコと同じ「一つ目」になったんだ。

ある日、大学から帰ったらイラリオンが庭の桑の木の下に椅子を出して座ってた。膝に猫のソフィオを抱いてね。イラリオンはソフィオに自分が片目になっちまったことを話してた。これからはイリコとふたり、片目同士合わせてひとりだってね。イラリオンの目には涙が見えたよ。

それから私はイラリオンを連れて村に戻った。イリコが片目になった自分をみてなんていうか、イラリオンは気にしてた。でも、イリコはイラリオンの目のことをなにも言わなかった。私もイラリオンも、イリコが気づいていなんじゃないかと思ったんだ。でも違ってた。あのときほどイリコを愛おしく思ったことはないよ。イリコは全部わかってたんだ。あれはイリコなりの優しさなんだろうな。いつもは口汚く罵り合ったりしていても、あのふたりはお互いを信頼していた。互いが互いを支え合っていたんだよ。だから、私はイリコとイラリオンが大好きなんだ。

だいぶ長々と話しちまったけど、大丈夫かい? いつもは話し相手もいないもんでね、たまに話を聞いてくれる人がいるとついつい調子に乗っちまうんだ。退屈じゃなかったかい? そうかい、そりゃ良かった。まだまだ話したいことはいっぱいあるんだ。メリのことも、ツィラのことも、学校の友だちのことも。それに、おばあさんが死んだ日のこともね。だけど、やっぱり齢のせいかな、今日はもう話し疲れてしまったよ。

だいぶ陽も傾いて薄暗くなってきたみたいだな。雨は止んだのかな。足元に気をつけてお帰り。話の続きが聞きたくなったらまたおいで。ズラブ爺さんの昔話でよければ、いつでも話してあげるからね。今日はどうもありがとう。ムラダもほら、さよならって言いな。

(老犬はおざなりのように尻尾を2,3回パタパタと降ってみせた。客が帰ると老人はウォッカの残りをクッと飲み干して、いつものソファで少し微睡んだ。おばあさんとイリコとイラリオンの声が聞こえたような気がした)