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【書評】樫原辰郎「『痴人の愛』を歩く」(白水社)-谷崎が好きで好きで好きでたまらないからこそのマニアックな谷崎論を刮目して読め!

谷崎潤一郎は、昨年(2015年)に没後50年となり著作権保有期間が終了した。今年に入ってから青空文庫などにその作品が続々と公開され、誰もが気軽に読めるようになっている。

『痴人の愛』を歩く

『痴人の愛』を歩く

 

谷崎の代表的な作品に「痴人の愛」がある。主人公の河合譲治が、自分好みの女を育てようとカフェの女給をしていた15歳のナオミを囲い、様々な教育を施そうとするが、やがてナオミのしたたかさに翻弄されていくという物語。はっきりいって変態小説である。私もずいぶんと昔に読んだ記憶がある程度で内容を細かく覚えているわけではないが、かなり刺激的というか、衝撃的というか。そういう作品だった印象がある。

 

本書は、そんな「痴人の愛」に魅せられ、谷崎作品の虜となった著者が、「痴人の愛」で譲治とナオミが暮らした町をたどりつつ、作品の世界観や登場人物たちが生きた時代の空気感、谷崎が関わった映像の世界など、多岐にわたるエピソードを書き連ねたものだ。括りとしては研究書ということになるのだろうか。

タイトルの「『痴人の愛』を歩く」の印象から、「痴人の愛」でふたりが出会い、暮らした町を、著者である樫原さんが実際に訪ね歩き、「痴人の愛」が発表された当時の情景が、およそ90年後の現在になってどう変化しているのかとか、当時の様子を残しているところがないか、などをエッセイ風に綴っているのだろうと思っていた。

実際に本書を読んでみると、確かに第1章では、著者が浅草に降り立ち、ナオミが生まれ育ったとされる千束の町の様子を垣間見ている。それは、本書を執筆する上でのきっかけであって、第2章以降は、もっとディープで専門的な話が展開していく。

なかでも、著者が映像制作やメディア・コンテンツの制作にかかわってこともあってか、谷崎の映像の関わりや古今東西の著名映画監督や俳優、女優に関する話が展開する中盤から後半の章は、読んでいて「『痴人の愛』との関係薄くね?」とか思ってしまう部分もないではない。ただ、本書でも言及されているところがあるが、確かに「痴人の愛」の中でも、譲治がナオミを女優に見立ててみせる場面もあるし、そういう場面を描く上で谷崎の映画観や映像との関わり方を論じることは、「痴人の愛」と谷崎作品を論じる上でまったく無関係というわけでない。

このように、本書は単に「痴人の愛」という作品の世界観だけを論じるものではなく、「痴人の愛」を起点として谷崎の作品を語り、谷崎作品の映像的な面を語り、谷崎という人間を語り、谷崎が関わってきた映像の世界と彼の作品への流れを語っている。

痴人の愛」を読むための副読本、という意味ではまったくといっていいくらいに役に立たないかもしれない。でも、マニアって「痴人の愛」をきっかけにしてこれだけ話を膨らませられるんだね、という実感を得るには必読の書といえるかもしれない。

痴人の愛 (新潮文庫)

痴人の愛 (新潮文庫)

 
痴人の愛

痴人の愛