タカラ~ムの本棚

読んだ本の感想などをボチボチと綴るブログ

【書評】平松洋子「味なメニュー」(幻冬舎)−メニューを開くというのは、パンドラの箱を開けるようなものなのかもしれない

本書の最終章「黒板と筆ペン」にこんな場面がある。

「ずいぶんうれしそうに読みますね。まだ食べてもいないのに」
向かいの席のひとに苦笑されたことがある。ずばり指摘されて赤面したが、ちょっとうれしくもあった。わかってくれてありがとう。一行め、二行め、物語に没入しかけていたのです。でも、察知してくれたあなたとはすごく気が合いそうだ。

味なメニュー

味なメニュー

 

 

私も、お店に入ってメニューを見るのが好きだ。写真入りで立派なメニューもあれば、パソコンで作ったものを印刷してパウチしたり、クリアホルダーに挟んだりした手作りのメニューもある。

ランチを食べに街に出れば、お店の前の黒板にポップに手書きされたおすすめメニューには、おおいに迷わされるし、年季の入ったショーケースでホコリまみれにまっているラーメンや中華丼、カツ丼、カレーライスのサンプルも味わい深い。

平松洋子「味なメニュー」は、実に様々なメニューが紹介されている。ここでいう「メニュー」とは、前述したような文字通りのメニューでもあるし、その店の自慢の料理であったり、逆にあるメニュー(例えばフレッシュジュースであり、あるいは立ち食いそばであるが)についての話だったりする。

まず「シチューと煮込み」で紹介するメニューは、東銀座は歌舞伎座の裏にある「銀之塔」のシチュー。「銀之塔」は、昭和30年創業以来、シチューを専門に提供している店で、メニューはシチューとグラタンの2種類だけ、それ以外には何もないという潔さ。だからこそ、味に妥協はなく、昔からの味を頑なに守り続けている。

tabelog.com

r.gnavi.co.jp

銀之塔」と並んで紹介されているは、江東区森下の「山利喜」の煮込み。「山利喜」の煮込みといえば、中央区月島の「岸田屋」、足立区北千住の「大はし」とともに、東京の三大煮込みに数えられるほどの名物。私、この「山利喜」には一度伺ったことがあって、評判の煮込みも当然いただいたことがある。本書でも紹介されているように、こちらの煮込みは大衆居酒屋のもつ煮込みでありながら、洋食の技がふんだんに取り入れられていて、まるでシチューのような味わいのなっている。ガーリックトーストと添えていただくのが定番で、小さい土鍋に残った煮込みのスープをガーリックトーストでこそいで食べていると、下町居酒屋定番のチューハイではなく、「赤ワインをグラスで」なんて注文したくなってしまう。そんな高級感が味わえる煮込みだが、でも、そこはやっぱり「煮込み」であって、しっかりと庶民の味は保っているところがすばらしい。

tabelog.com

r.gnavi.co.jp

本書には他に、素材と絞り方にこだわった生ジューススタンドで味わう健康重視の野菜ジュースや、JR新橋駅前に悠然と佇み、混沌(カオス)でディープな世界をその内に湛えているオヤジスポット「ニュー新橋ビル」の探訪記など、実にディープで魅力的な場所やメニューが紹介されている。(ニュー新橋ビルの洋食「むさしや」のオムライスは絶品だと思う)

tabelog.com

そして、最終章は「黒板と筆ペン」と題して、平松さんの「メニュー」に対する愛情があふれる。それが、冒頭に紹介した場面にあらわれていると思う。

以前に紹介した「焼き餃子と名画座」では、平松さんの文章から滲む料理のシズル感に思わず生唾ゴックン、お腹の虫がグゥ~グゥ~と悲鳴をあげていたが、本書を読んでいても同じ。平松さんの食エッセイは、本当に空腹時に読んではいけませんぞ!

s-taka130922.hatenablog.com

焼き餃子と名画座―わたしの東京味歩き (新潮文庫)

焼き餃子と名画座―わたしの東京味歩き (新潮文庫)

 
ちょっとそばでも 大衆そば・立ち食いそばの系譜

ちょっとそばでも 大衆そば・立ち食いそばの系譜

 
ちょっとそばでも

ちょっとそばでも