タカラ~ムの本棚

読んだ本の感想などをボチボチと綴るブログ

「廃墟と犬 ファーベックス-犬と出かける都市探索」アリス・ファン・ケンペン&クレア/金井真弓訳/オークラ出版-朽ち果てて置き去りにされた都市の遺産の中で屹然とカメラをみつめるクレアの凛々しさを見よ!

 

 

首に女王を想起させるカラーをまとい、誇り高い表情をカメラをみつめる一匹の犬。クレアという名のブルテリアは、壁紙が剥がれ落ちて下地がむき出しになった壁を背に、薄汚れたソファに座っている。まるで貴族のように、その態度は自信に満ちているようにも感じられる。

「廃墟と犬 ファーベックス-犬と出かける都市探索」は、表紙の写真が印象的だ。

本書は、写真家アリス・ファン・ケンペンが彼女の愛犬クレア(ブルテリアのメス)を連れてヨーロッパ各地の廃墟をめぐり、クレアをモデルにして撮影した写真に1、2ページ程度の文章を記した写真集である。

荒れ果てた工業団地や放置された病院、主を失った宮殿や使われなくなった刑務所などの見捨てられて放置され荒廃してしまった場所を探索することを“アーベックス”というそうだ。アーベックスとは「アーバン・エクスプローリング」の略語。日本語では「都市探索」となる。

アリスは「イントロダクション」の中で、「アーベックスは荒廃の中に美を発見し、残されたものを通して物語の全体を思い描くことなのです」と記し、「こうした隠れた場所に足を踏み入れるたび、ワクワクした気持ちになり、アドレナリンが体を駆けめぐります」と記している。確かに、空き家になってボロボロに崩れかかった廃墟は、なんだか好奇心をそそられる対象になる。この場所には、過去にどんな人が暮らしていたのだろう、どんな生活を送っていたのだろう、どんな物語が気づかれてきたのだろう、と想像してみたくなる。

アリスは、アーベックスを実践する都市探索者だ。そして、写真家である。彼女は、愛犬クレアをモデルに廃墟の写真を撮影することを思いつく。モフモフの相棒と一緒のアーベックス、つまり“毛皮(ファー)のアーベックス=ファーベックス”だ。こうして、写真かと相棒はヨーロッパ各地の廃墟を訪れるようになる。

廃墟で犬をモデルにした写真を撮る。言うのは簡単だが実践するにはさまざまなハードルがある。場所が廃墟なので、敷地や建物の中に入るのも一苦労だし、そもそも許可を得ているわけではない。周辺の住民や管理者の目を盗み、どうにかして中に入り込んで撮影を行う。クレアが足を傷つけないように注意深く行動しなければならない。

撮影にも苦労がある。廃墟には光が乏しい。撮影には十分な光量が必要だが、廃墟の雰囲気を写し出すためには薄暗い部屋の姿を記録する必要がある。シャッタースピードを遅くし、露出時間を伸ばさなければならない。その間、じっと動かずにポーズを決め続けるクレアも利口な犬だと思う。普通の犬なら落ち着きなく動き回ってしまうから、撮影にならないだろう。クレアにはファーベックスモデルの才能があるのかもしれない。

本書でアリスとクレアが訪れている廃墟は23ヶ所に及ぶ。病院、ホテル、監獄、城、工場、別荘、農場。それぞれの場所で、クレアはアリスの望みに応じてさまざまなポーズを決めて写真に収まっている。

囚人服を着て自らの犯した罪を悔いているかのようにうなだれるクレア
女王陛下のマントを身にまとい威厳を感じさせる表情でカメラをみつめるクレア
罪人の懺悔に優しく耳を傾け、すべてを受け入れるように見守ってくれるクレア

写真に写るクレアの表情は、あるときは優しく、あるときは厳しく、あるときは威厳にあふれ、あるときは弱さをにじませる。犬は感情豊かな動物だと思うが、クレアほどにたくさんの違った感情を表情でみせてくれる犬は、他になかなかいないのではないだろうか。

命の輝きを失った廃墟と命の力強さに満ちた犬とのギャップが美しい写真集だと思う。