タカラ~ムの本棚

読んだ本の感想などをボチボチと綴るブログ

「レス」アンドリュー・ショーン・グリア/上岡伸雄訳/早川書房-元恋人の結婚式にを欠席するために世界をめぐる旅に出たアーサー・レス。中年作家の出会いと気づき、そして再生の物語

 

 

「違う! アーサー、違うって、その逆だよ! 僕は成功だったって言ってるんだ。喜びと支援と友情の二十年っていうのは成功だ。何であれ、ほかの人と二十年一緒に過ごしたのは成功なんだよ。バンドが二十年、活動を続けたら奇跡だろ。お笑いの二人組が二十年続けたら、それは大成功さ。夜がもうすぐ終わるからって、それが失敗だったことになるか? 太陽が十億年で燃え尽きるからって、失敗したことになるか? ならない、それでも太陽は太陽だ。どうして結婚もそうじゃないんだ? 一人の人間と永遠につながっているなんて、我々の本性ではない--人間の本能と違う。シャム双生児って悲劇じゃないか。二十年と、最後に幸せな車での旅。僕は思ったよ。まあ、素敵だった、成功のまま終わろうって」

アンドリュー・ショーン・グリア著/上岡伸雄訳「レス」には印象的な場面、言葉がたくさんある。引用したのは、主人公のアーサー・レスが、モロッコを訪れて、古くからの友人ルイスと交わした会話でのルイスの言葉だ。レスは、ルイスからパートナーと離婚したことを告げられる。「素敵だった、いい結婚だった」と言うルイスに対してレスは、「でも、別れたんだね。どこかが間違っていた。何かがうまくいかなった」と言う。それに対するルイスの言葉が冒頭の引用だ。

離婚にはどうしてもネガティブなイメージがある。長年連れ添ったパートナーとの関係を解消するというのは、レスが言うようにどこかに『間違い』があったり『うまくいかない』ことがあったのだろうと考える。だが、ルイスは離婚を失敗とはとらえていない。むしろ成功なのだと言う。彼の言葉には、彼の信念があり、彼とパートナーとの間に築き上げられた信頼20年間の生活で積み上げてきた幸福な時間があるのだ。その軌跡を作ってこれたことは奇跡なのであり、だから二人の結婚生活は成功だったと言っているのだ。

なんと前向きな考え方だろう。なんだか勇気をもらえる気がする言葉だ。

「レス」は、元恋人の結婚式を欠席する口実として、世界中の文学イベントをめぐる旅にでた作家アーサー・レスが主人公のユーモア小説である。2018年のピュリッツァー賞受賞作。

元恋人の結婚式を欠席するために、レスは無茶苦茶な旅程を作りあげる。

一番目、ニューヨークシティでH・H・H・マンダーソンとの対談(サンフランシスコからニューヨークシティへ)
二番目、メキシコシティで学会出席(ニューヨークシティからメキシコシティへ)
三番目、トリノ文学賞の授賞式に出席(メキシコシティからトリノへ)
四番目、ベルリン自由大学の冬季講座で5週間の授業(トリノからベルリンへ)
五番目、モロッコでゾーラという女性の誕生日旅行参加(ベルリンからモロッコへ)
六番目、インドで執筆中の小説の最終稿を仕上げる(モロッコからインドへ)
七番目、日本で伝統的な懐石料理を取材(インドから京都へ)

こうしてレスは、世界一周の旅の最中で元恋人の結婚式と自分の50歳の誕生日を迎えることになるのである。

「レス」は、レスが訪れた先々で巻き起こしたり巻き込まれたりするエピソードを笑いどころとするユーモア小説であるが、レスの気づきと再生の物語でもある。

レスが抱えているのは、元恋人への感情だけではない。作家としての迷いもあるし、50歳という年齢を迎えることへの不安もある。現在の彼には、その胸に抱え込んでいる問題や不安がたくさんあるのだ。

長い旅の中でレスは、彼の胸のうちに抱える不安をどう払拭していくのか。旅の中で経験する出来事が、彼にどのような変化を起こすのか。そして、旅の終わりにはどのような結末が待ち受けているのか。ユーモア小説としての一面だけでは収まらない魅力が、本書にはつまっているのだ。冒頭にあげた引用は、まさにその魅力のひとつだと思っている。