タカラ~ムの本棚

読んだ本の感想などをボチボチと綴るブログ

「アナーキストの銀行家-フェルナンド・ペソア短編集」フェルナンド・ペソア著/近藤紀子訳/彩流社-はじめてのペソア。最初の一文で魅了されてしまいました。

 

 

それは、第十五回をむかえるベルリン美食協会定例会の席上のことであった。

これは、本書「アナーキストの銀行家-フェルナンド・ペソア短編集」の冒頭に収録されている「独創的な晩餐」の書き出しである。パッと読むと普通のありがちな書き出しなのだが、この一文を読んだ瞬間に、私は「これはスゴイ」と感じた。最初の一文を読んだだけなのに。そして、「独創的な晩餐」を読み終わる頃には、フェルナンド・ペソアという作家にすっかり魅せられてしまっていた。

著者のペソア(フェルナンド・アントニオ・ノゲイラペソア)は、1888年ポルトガルリスボンに生まれた。訳者まえがきのペソア紹介によれば、大学を中退したあと、なかなかに独創的な生活を送っていたようだ。

(略)リスボン大学文学部に籍をおくも、二年後にはみずからすすんで中退。国立図書館で、興味のおもむくままに書を読んで学ぶ道を選ぶ。

ある意味では憧れる生き方であるが、現実としてはそう甘いものではなかっただろう。ペソアは、英語やフランス語の商業翻訳の仕事で収入を得ながら、この生活を送り、その中で創作活動を続けた。しかし、生前はほとんど評価されることはなく、1935年に無名のまま47歳で亡くなっている。

本書に収録された7篇の短編は、ペソアの死後に彼が遺したトランクの中から発見された作品たちだ。『ペソアのトランク』には、彼が書いた小説や詩、翻訳作品から戯曲、評論などが、ある作品は完成されたものとして、ある作品は構想段階のメモとして収められていた。その数、2万5千点以上。そこから選ばれた7篇なのである。

独創的な晩餐
忘却の街道
たいしたポルトガル
夫たち
手紙

アナーキストの銀行家

7篇は、それぞれに個性的な作品である。ホラーの要素を含みつつどこかユーモラスな作品があれば、幻想的な景色を思い浮かべるような作品がある。皮肉をたっぷりと込めた社会風刺があれば、盲目的でいびつな愛の形があり、人間が残酷さをむき出しにするディストピアがある。

表題作の「アナーキストの銀行家」は、そのタイトルの秀逸さに惹かれる。『アナーキスト』とは、政府や権威といった体制の存在、思考を批判し、対立する立場の活動家であり、『銀行家』とは、その対立対象である。つまり『アナーキストの銀行家』とは、対立する真逆の思想がひとつの人格の中に共存する状態であり、矛盾した状態であるといえる。

アナーキストの銀行家」は、自らをアナーキストを標榜する銀行家とその友人の会話によって構成される。アナーキストの銀行家は、自分がどういう思考プロセスを経て、自らのアナーキストとしての存在を確立していったか、ブルジョワである銀行家がアナーキストであるという矛盾をどう正当化できるかを友人に饒舌に説明する。ふたりの会話は、真面目な議論を闘わせているように見えるが、よくよく読んでいくと高度な漫才をみているような面白さが浮かび上がってくる。アナーキストの銀行家がボケ担当、友人がツッコミ担当というわけだ。そこには、ペソアによるブルジョワジーアナーキストの双方に対する痛烈な皮肉があらわれている。

本書の巻末には「『アナーキストの銀行家』補遺」が付録として収録されている。これは、ペソア自身が構想していた作品の増補・改訂のための草稿である。草稿は、手書き、タイプ原稿、タイプ原稿への書き込みなどがあるようだが、本書ではその現物は掲載されていない。リスボン国立図書館には遺稿として保管されているとのことなので、実際の原稿をみたいならポルトガル旅行を計画しなければならないだろう。個人的には、一部だけでも写真などで原稿を掲載してほしかったなと思う。

本書は、フェルナンド・ペソアの魅力を知るきっかけとなった。バラエティに富んだ短編は、どれも面白くすっかりペソアのファンになってしまった。はじめてのペソアが本書だったことは、きっとラッキーなのだろうと思う。別の作品も読んでみたい。