タカラ~ムの本棚

読んだ本の感想などをボチボチと綴るブログ

「路上のストライカー」マイケル・ウィリアムズ〔著〕/さくまゆみこ〔訳〕/岩波書店-独裁政権に家族を殺され、命がけで逃げ込んだ南アフリカでは外国人として憎悪の対象となったデオ。彼を救ったのはサッカーだった。

 

 

サッカーは、アフリカで人気のスポーツだという。ボールひとつあればどこでも楽しめるし、ボールがなくても新聞やビニールを集めて丸めたものをボールに見立てればよい。

マイケル・ウィリアムズ「路上のストライカー」も、サッカーを題材にした物語だ。主人公のデオは、ムガベ大統領による独裁政権下のジンバブエから逃れた南アフリカで、さまざまな苦労を重ね、ホームレス・ワールドカップ南アフリカ代表になる。

ホームレス・ワールドカップとは、2003年から毎年開催されている、ホームレス状態の人が一生に一度だけ選手として参加できるストリートサッカーの世界大会であり、日本からも『野武士ジャパン』として代表選手が出場している。

www.nobushijapan.org

サッカーを題材しているが、デオが南アフリカ代表チームにスカウトされ、選手としてホームレス・ワールドカップに出場し活躍する場面は、この物語全体の中では終盤になってからの話だ。物語全体のほとんどは、彼が故郷のジンバブエでどのような悲惨なことを経験し、命がけで国境を越えて逃げ込んだ先の南アフリカで、ゼノフォビアという外国人憎悪の対象としてどのような迫害を受けてきたか、その苦難の日々を兄イノセントと支え合いながらどう生きて乗り越えてきたかを描いている。その苦難の日々が、私たちの想像を絶するような話なのだ。

子どもたちが手作りのボールでサッカーに興じるところに兵士たちを乗せたジープが現れる場面から物語は始まる。

兵士たちは、大統領の直轄として反体制派の人間を取り締まることを目的に国中を訪ね歩いている。少しでも政権に反するとみなされた住民は、反体制派として虐殺される。デオの村でも、それが起きた。強かったボットンじいちゃんも、優しかったアマイも、村の住民はみな殺された。デオとイノセントは、命からがら村を逃げ出し、伝手を頼って南アフリカに向かう。だがそれも、簡単なことではない。ジンバブエ国内では、大統領派の人々や兵士たちによる粛清が徹底的に行われているし、国境を越えるにも苦難が待ち受けている。無事に国境線を越えても、その先には広大なサバンナが広がり、野生動物たちに襲われるかもしれないし、さらに国境を越えられて安心し油断している越境者を狙う南アフリカの略奪者からも逃れなければならない。

無事に南アフリカに入っても、不法入国者であるデオたちには厳しい現実が待ち構えている。ゼノフォビアだ。安い賃金でも働く外国人は南アフリカ人の仕事を奪っている。そう考えた彼らは、外国人たちを襲うようになる。実際に南アフリカでは、2008年に外国人が襲撃されて60名以上が殺害された事件があったと著者があとがきで記していて、その事件をモデルにした場面が本書にも出てくる。

生まれ故郷での迫害と虐殺、苦労の末の越境、希望だったはずの南アフリカで受ける外国人憎悪の現実。その厳しいつらい日々をデオはイノセントとふたりで乗り越えていく。だが、外国人襲撃事件の混乱の中でデオはひとりになり、失意と絶望の中で堕落していく。そんな彼を救ったのが、小さい頃から夢中になってきたサッカーだった。

日本に暮らしていると、外国の人たちがどんな生活をしているのか、世界にはどんな国があってどんな状況にあるのかを知ることは、なかなか難しい。断片的な情報として知ることはあっても、深く知る機会はあまりない。

海外文学とは、私たちに世界を教えてくれるものだと思う。「路上のストライカー」は、岩波書店から刊行されている『STAMP BOOKS』という海外ヤングアダルト小説レーベルの作品だ。若者たちに向けた作品として、ジンバブエという国のこと、南アフリカという国のこと、そこに暮らす人々のこと、外国人と接することの難しさ、ホームレス・ワールドカップというサッカー大会の違う一面、他にもたくさんのことを、この作品から知ることができる。そして、たとえば外国人労働者の問題を日本で起きている問題と重ね合わせて考えることで、いま自分たちの国で起きていることの問題も見えてくると思う。

私たちが知らない世界を見せてくれるのが海外文学の魅力だと、改めて感じている。