タカラ~ムの本棚

読んだ本の感想などをボチボチと綴るブログ

「ある奴隷少女に起こった出来事」ハリエット・アン・ジェイコブズ〔著〕/堀越ゆき〔訳〕/新潮社〔文庫〕-奴隷として生まれ、奴隷として生きることを運命づけられた少女は、自らの自由を求めて闘った

 

 

わたしは奴隷として生まれた。

その短い言葉から、ひとりの黒人奴隷少女の闘いの記録は始まっている。

ある奴隷少女に起こった出来事」は、いまからおよそ150年前の1861年に刊行された作品である。その内容は、あまりに衝撃的で、これがノンフィクションであるとはにわかには信じられないほどだ。

しかし、冒頭の『著者による序文』にあるように、この本に書かれていることのすべては、1800年代中盤のアメリカで実際に起きたことなのである。

読者よ、わたしが語るこの物語は小説(フィクション)ではないことを、はっきりと言明いたします。

奴隷の娘として生まれたリンダ・ブレントは、奴隷として常に誰かの所有物であった。「母親の身分に付帯する条件を引き継ぐ」という制度により、奴隷を母に持つ子どもたちは、生まれながらにして奴隷として生きることしか許されなかったからだ。

腕の立つ大工として所有者から自由に働き収入を得る許可を受けていた父は、わが子を所有者から買い取って自由にすることを願っていたが、所有者が買い取りに応じることはなかった。リンダが自由になるには、逃げる以外に方法はないのが現実だった。

所有者の死による相続や譲渡、競売などにより、奴隷の所有者は変わっていく。リンダも、何人かの所有者を経て、ドクター・フリントの娘エミリーの所有物となった。当時エミリーは3歳。彼女が成人するまで、リンダの事実上の所有者はドクター・フリントということになる。

このドクター・フリントが、リンダを苦しめる邪悪な人物であった。彼は、リンダに対して精神的にも、肉体的にも、卑劣な行為を繰り返す。リンダは、ドクター・フリントから逃れ、自由を得るための闘いをはじめる。それは、別の白人の子どもを身篭ることだった。

邪悪な白人の支配から逃れるために、別の白人の子どもを身篭り、さらに7年もの間狭い屋根裏部屋に隠れ住む生活を続ける。その間、ずっと不安と恐怖と闘い続けたリンダの精神力に驚くとともに、人間が人間としての尊厳を根こそぎ奪われなければならなかった暗黒の時代の罪深さを感じざるをえない。

今の時代には絶対に考えられないような話

それが、本書を読んだ率直な感想だ。しかし、著者が生きた時代には、これが現実だったのだ。もし、その当時に自分が所有する側の人間として生きていたら、ドクター・フリントや他の白人たちのような残酷な人間になっていたかもしれないし、奴隷の立場として生きていたら、絶望の中で苦しむことしかできなかったかもしれない。

しかし、リンダは絶望しなかった。諦めることなく闘った。7年間の潜伏生活を経て、リンダは北部に逃亡する。彼女に対して理解のある人物と出会うことで、生きることへの希望を手に入れる。

リンダは、自らの闘いを貫いた。しかし、彼女のように闘う勇気をもった奴隷は少ない。訳者あとがきによれば、リンダ・ブレントこと著者ハリエット・アン・ジェイコブズは、本書執筆後に娘とともに南部に戻って《ジェイコブズ・スクール》という解放奴隷のための学校を開くなど、活動家として生きたとのこと。彼女の闘いと、その闘いの記録として書かれた本書、そしてその後の彼女や子どもたちの活動が黒人奴隷解放の道を開くことにもつながっているのだと思う。