タカラ~ムの本棚

読んだ本の感想などをボチボチと綴るブログ

温又柔、斎藤真理子、中村菜穂、藤井光、藤野可織、松田青子、宮下遼・文/長崎訓子・絵「本にまつわる世界のことば」(創元社)-世界には、本にまつわる言葉が溢れている

 

本にまつわる世界のことば

本にまつわる世界のことば

 

 

私の家には本が溢れている。本棚に入り切らない本が床に積み上がり、その数は日々増殖しているように感じる。

積ん読』という言葉がある。読もうと思って買った本が、読まれないままに部屋中に積み上げられている状態が『積ん読』だ。私の部屋に溢れる本は、すべて『積ん読』本である。この『積ん読』という言葉、もはや世界語になっている。2018年7月には、イギリスBBC「Tsundoku: The art of buying books and never reading them」というタイトルの記事を配信してたりする。

www.bbc.com

積ん読』のように、世界中にある本にまつわる言葉から着想したショートストーリーやエッセイを収録するのが、本書「本にまつわる世界のことば」である。執筆メンバーは、小説家(温又柔、藤野可織、松田青子)、翻訳家(斎藤真理子、藤井光)、研究者(中村菜穂、宮下遼)と多彩で、さらに本書全編を長崎訓子のイラストが彩っている。

世界中に本にまつわる言葉がある。日本語はもちろん、英語、フランス語、ロシア語、中国語、韓国語、アラビア語、などなど。読んでいると、本書では取り上げられていない言語にも、きっと本にまつわる言葉があるんだろうと想像がふくらむ。

本書では、世界中のさまざまな本にまつわる言葉を紹介して、その言葉からインスピレーションを受けた物語やエッセイが書かれている。

たとえば、最初に出てくる言葉はロシア語の「ブクヴォエード」。説明にはこうある。

本の虫。直訳では「文字をたべる」。
内容ではなく文字や形成にこだわる人を皮肉る場合に使うこともある。

この言葉からショートスートリーを創作したのは松田青子。ある男が、毎日お腹いっぱい食事をしてもどんどん痩せていってしまう。食べても食べても痩せる一方で医者にも原因がわからない。ついに骨と皮ばかりになり死を待つだけの身体になった男が、古びた『桜の園』を読んでみると……。

活字中毒者にとって、本を読まないことは食事をとらないことに等しい。また、あまり本は読まないという人でも活字を自分の中に取り入れないことは、知識や経験の不足を招き、精神的な絶食状態を作り出す。『本の虫』になるほど極端ではなくても、言葉を身体に取り入れることは心の健康を保つためには必要なことだ。

英語に「ドッグ・イヤー(Dog-ear)」という言葉がある。

本のページの隅を折り曲げて印をつける行為を指す動詞。
折ったページが犬の耳のような形になることからそう呼ばれる。
子犬時代の柴犬の耳も参照のこと。

本に首輪をつけて散歩に出る。行き先はバスク地方。そこに暮らす人々のことや独立運動をめぐる紛争のことを知る。やがて、私はある言葉に足を止める。その場所で本の耳をペタンと折り、また私は歩き始める。

「ドッグ・イヤー」という言葉からストーリーを紡ぐのは藤井光。本を読んでいて、ちょっとしたフレーズであったり、気になる場面にあたると、忘れないようにそのページの隅を折ったりする。読書とはちょっと気軽な散歩のようなものであり、ときには時間と場所を超越した長い旅路のようなものでもある。本の隅をペタンと折るのは、旅の記録を残すことだ。もっとも、私は『ページを折る』行為が苦手なので、付箋を貼ることにしているけれど。

言葉を知るのは楽しい。本にまつわる言葉だけで、世界中にはこれだけの言葉があるということに驚く。と同時に、なんだか誇らしい気分にもなった。本好きを自認する者として、本書に紹介されているひとつひとつに「うんうん、あるある」と首肯したり、「へえ、そんな言葉があるんだ」と感心したり。

言葉を知るだけでも楽しいが、言葉から生まれた物語やエッセイが楽しみをさらに高めてくれる。小説家や翻訳家が言葉から発想した物語の奥深さ、面白さに浸るのも本書の楽しみ方だと思う。

言葉を知る。言葉から生まれた物語を楽しむ。多様な言葉から多彩な楽しみ方ができる本。本好きにオススメしたい一冊である。