タカラ~ムの本棚

読んだ本の感想などをボチボチと綴るブログ

ジョン・ボイン/原田勝訳「ヒトラーと暮らした少年」(あすなろ書房)-純真な少年がヒトラーと出会ったことで失ったもの。すべてが終わり絶望の中で取り戻したもの。

 

ヒトラーと暮らした少年

ヒトラーと暮らした少年

 

 

少年がヒトラーと出会ったとき、彼はまだ7歳だった。

ヒトラーと暮らした少年」は、7歳の少年だったピエロ(ペーター)が山の上のヒトラーの別荘で暮らすことで、次第に権力に憧れ、ヒトラーという虎の威を借りて傍若無人に振る舞うようになっていく物語だ。

物語の冒頭、ピエロはまだ幼くて、純真無垢な子どもだった。同じアパートに住む生まれつき耳の聞こえないアンシェルと手話で会話する優しい少年だった。

彼を変えるのがヒトラーである。ピエロは、ドイツ風にペーターと呼ばれるようになり、ヒトラーの寵愛を得るようになっていく。そして、ペーター自身も、ヒトラーに憧れ、ヒトラーの権力を傘にして横暴に振る舞うようになっていく。

素直で優しかった少年が、どうして権力に染まってしまったのか。強大な権力者のそばで暮らし、その権力が有するパワーを間近で見ていくことで、少年は自分も権力を有する側の人間であると思い込んだ。世間をよく知らないままに、山の上の別荘という隔離された場所でヒトラーだけを唯一絶対と信じて暮らしてきた少年が、自分にも力があると考えるのは当然のことだったのだ。

しかし、少年はあまりに世間を知らなすぎた。隔離された別荘には、ヒトラーの率いるドイツが戦争で不利な状況にあることが見えなかった。

ある日、突然父が姿を消したように、ヒトラーも少年の前から消えていった。戦争が終わり『武装解除された敵国軍人』として収容所に送られたペーターは、ふたたびピエロに戻る。収容所から解放されたピエロは、紆余曲折を経て、幼い頃に友であったアンシェルと再会する。

〈ぼくらが子どもだったころをおぼえているか〉とピエロはたずねる。

〈ああ、おぼえているよ〉
〈ぼくらはまた、子どものころにもどれるかな?〉

ヒトラーと出会ってしまったことで、ピエロはたくさんのものを失った。友だちも、家族も、自分自身の心も。とてもたくさんのものを失った。戦争が終わり、ヒトラーの存在から離れた彼には深い絶望と深い罪悪感だけが残された。年を経て、懐かしい友とふたたび巡り会えたとき、ピエロは何かを取り戻せただろうか。忘れていた心を取り戻せただろうか。

この物語は、まさに人間の善悪の縮図だ。人間はこうして狂っていく。こうして道を外れていく。だが、何かをきっかけに正しい道を取り戻すことができる。ピエロのこれからの人生にひとすじの光が見える。その光へと続く道が、正しい道であることを信じたいと思う。