タカラ~ムの本棚

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J・G・バラード/南山宏「ハロー、アメリカ」(東京創元社)-アメリカ崩壊から1世紀。荒廃し砂漠と化した大地が見せつける人間の狂気。

 

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イギリスから大西洋を横断してアメリカ大陸を目指した蒸気船アポロ号がマンハッタン島に到着する場面からJ・G・バラードのSF長編「ハロー、アメリカ」は始まる。

書き出しからは、この物語の時代設定がアメリカ大陸がコロンブスによって新大陸として発見され、ヨーロッパからの移民が海を渡りだした17世紀頃のように思われるかもしれない。だが、読み進めていくとすぐに違うことに気づく。物語は、22世紀が舞台なのだ。そして、アメリカは20世紀に最高の栄華を極めた後、衰退し崩壊していた。1999年にアメリカの油井から原油が掘り尽くされ、アメリカはエネルギー危機を迎える。代替エネルギーの確保もままならず、国家は衰退していく。人々はアメリカを捨て、ヨーロッパや他の国に移住する。エネルギー問題を端緒として、さまざまに世界が歪みだすという構図は、非リアルではあるが、どこかでリアルを感じるところもある。

本書に描かれるのは、アメリカが崩壊した1世紀ほど後の時代である。主人公は蒸気船アポロ号の密航者ウェイン。彼は、自分がアメリカを建て直し第45代大統領としてたつことを夢見る。彼はアポロ号の船長たちと西を目指して移動する。彼らの行く手には、1世紀前に大陸に残された人々の末裔がいくつかの部族をつくって暮らしている。広大な砂漠が地上を覆いつくした世界は、アメリカが打ち捨てられた不毛の土地となっていることを表している。

西へ西へと向かうウェインたちは、やがて砂漠の中にきらびやかな街を発見する。そこは、かつてのアメリカの栄華の象徴でもあった場所ラスヴェガスだ。そこでウェインたちは、第45代アメリカ大統領を名乗るマンソンという人物と出会う。

1981年に刊行された本書は、バラードが描き出すアメリカの未来像である。本書でアメリカが崩壊する原因となったのがエネルギー問題だ。1970年代に中東戦争の影響などから日本でもオイルショックが起きて、エネルギー問題が顕在化した。石油や石炭、天然ガスなどの化石燃料は数十年以内に枯渇するとの予測がたてられ、原子力の利用などが模索された。ただ、私が子どもの頃から「もうすぐ無くなる」と言われ続けている石油や天然ガスは、2019年に至る今でも枯れることなく供給されていて、枯渇する気配もない。

バラードは、現実に化石燃料が枯渇したアメリカを衰退させ、崩壊させた。そして、およそ100年が過ぎて、また当たらなフロンティアをアメリカ大陸に送り出し、彼らが崩壊し荒廃したアメリカの大地で見せつける狂った世界を描き出した。マンソンが見せる狂気は、人間の弱さであり、閉塞した世界によってあぶり出される恐怖でもある。一方で、狂気と対峙し希望を見出そうとするラストの場面もまた、人間が有する強さであり、勇気である。

バラードの作品を読むのは本書がはじめてである。SFをあまり読み慣れていないので、どこまで本書を読めているのかはわからない。それでも、十分に楽しむことができた。『はじめての海外文学vol.4』で岡和田晃さんが推薦している作品である。そういう意味では、海外SF初心者にもわかりやすい作品なのだと思う。