タカラ~ムの本棚

読んだ本の感想などをボチボチと綴るブログ

エヴァ・イボットソン/三辺律子訳「おいでフレック、ぼくのところに」(偕成社)-ずっと犬が欲しかったハルのところにやってきたフレック。ずっと一緒のはずだったのに...

 

 

子どもの頃から犬を飼っています。今の犬が4匹目です。17歳のおばあちゃん犬ですが、衰え知らずで元気いっぱい。もりもり食べてグーグー寝る幸せな日々を過ごしています。

エヴァ・イボットソン「おいでフレック、ぼくのところに」は、犬と一緒に暮らすことをずっと夢見てきた少年ハルと彼のところにやってきたミックス犬(作中では、とある事情で『トッテンハム・テリア』ということになっています)フレックの物語です。エヴァ・イボットソンの遺作になります。

ハルは、ずっとずっと犬を飼いたいと思っていました。だけど、おかあさんのアルビナが「家が汚れる」と絶対に許しません。ところが、10歳の誕生日におとうさんのドナルドが「犬を選びにいこう」と言いました。ハルは大喜びです。でもそれは、ハルが思っていたのとは違っていました。

ドナルドは、週末だけ犬をレンタルしてくれる〈おてがるペット社〉から犬を借りるつもりだったのです。これまでもハルは、誕生日にプレゼントをもらってもすぐに飽きていたし、犬だってすぐに飽きると思っていました。ドナルドもアルビナもハルの本当の気持ちをわかっていなかったのです。

〈おてがるペット社〉でハルが選んだのは、フレックという名前の犬でした。犬種はトッテンハム・テリア。と言っても、それは嘘で本当は雑種犬です。ハルは、フレックが自分の犬だとすぐにわかりました。ハルとフレックはこうして運命的に出会います。ふたりは、一緒に遊び、一緒に眠りました。これからずっと一緒にいられる、はずでした。

でも、フレックはレンタル犬です。ハルが歯医者に行っている間に、アルビナはフレックを返しました。フレックがいなくなったことを知ったハルは、怒り、悲しみ、そして心を閉ざしてしまうのです。それは、ハルと離れたフレックも同じでした。〈おてがるペット社〉のケージ仲間の犬たちが励まそうとしてもダメでした。

物語の発端となるハルとフレックの出会いと、ふたりを引き裂く大人たちの心ない仕打ちに胸が苦しくなります。犬が好きで、犬との暮らしを愛している読者は、ドナルドやアルビナ、〈おてがるペット社〉を経営するカーカー夫妻のような人間には腹が立ってしかたないと思います。でも、よく考えてみれば、彼らは私たち大人の姿をそのまま投影した人物ではないでしょうか。

たとえば、子どもから「犬が飼いたい!」とせがまれたとき、「どうせすぐに世話しなくなるでしょ!」と反対するおとうさん、おかあさんはたくさんいますよね。

ペットショップやブリーダーの中には、金儲けのために動物たちに無理をさせている業者がいますよね。

ドナルドやアルビナやカーカー夫妻とは、私たち自身の姿でもあるんだと思います。

フレックと引き離されたハルは、ある決心をします。フレックを取り戻すのです。ハルは、〈おてがるペット社〉に忍び込み、フレックを連れ去ろうと考えます。なにもわかってくれない両親の家を出て、フレックを連れておじいちゃん、おばあちゃんと一緒に暮らすのです。ふたりならきっとハルとフレックを優しく迎えてくれるから。

そこから、ハルとフレックの冒険の旅が始まります。そこに、ピッパという少女と〈おてがるペット社〉から一緒に逃げ出した4匹の犬たち(セントバーナード犬のオットー、ペキニーズ犬のリー・チー、プードル犬のフランシーヌ、コリー犬のハニー)が加わり、ふたりの子どもと5匹の犬は、ハルの祖父母が住む海辺の家を目指すのです。

イボットソン作品の特長は、軸となる物語がしっかりと展開し、さらに派生する枝葉の物語の面白さにあります。本書でも、ハルとフレックの信頼関係がしっかりと描きこまれ、フレックと出会ったことでたくましく成長していくハルの姿と、ハルの成長に戸惑いながらも最後には息子のために変わろうとする両親の姿があります。この軸となるストーリーがあるところに、ピッパと姉ケイリーの話があり、4匹の犬たちそれぞれの物語がある。それぞれのストーリーのすべてに意味があり、最後にはすべてが収まるべきところに収まっていく。その展開の巧みさ、物語の回収の仕方が本当にうまいと思うのです。

本書は、他の作品に比べると現実的な物語です。ですが、現実的であることで、よりイボットソンらしい作品になっていると思います。訳者あとがきには、イボットソンの息子ピアーズ氏の言葉「生涯を通じてハッピーエンドを探していた」が紹介されています。イボットソンの作品は、読んでいて安心できます。それは、ピアーズ氏の言うように、イボットソンが常にハッピーエンドを描いているからだと思います。

読み応えもあり、読み心地がいい、そして後味がいい、そんな小説を読みたいならエヴァ・イボットソンをオススメします。