タカラ~ムの本棚

読んだ本の感想などをボチボチと綴るブログ

エヴァ・イボットソン/三辺律子訳「クラーケンの島」(偕成社)-地図にものらない秘密の島は怪物たちの楽園。島を存続させるため、おばさんたちはある一計を案じるのですが...

 

クラーケンの島

クラーケンの島

 

 

エヴァ・イボットソン「クラーケンの島」は、秘密の島で生き物たちの世話をして暮らす3人のおばさんたち(エッタ、コーラル、マートル)が、自分たちがいなくなったあとも島を守ってくれる後継者を探すために、ある大胆な計画をめぐらすところからはじまります。

彼女たちが考えたのは、若くて丈夫で学ぼうという気力ある子どもを誘拐して島に連れてくるというものでした。立派な犯罪ですが、彼女たちにとってはやむを得ないことなのです。こうして3人のおばさんはロンドンへ向かいます。そして、3人の子ども(ミネット、ファビオ、ランバート)を島に連れ帰りました。

ミネットは、仲の悪い両親の間で悲しい思いをしている少女です。父親の住むエジンバラと母親の住むロンドンの間を行き来していて、移動の間に幸せな自分を妄想することだけが癒やしの時間という少女です。

ファビオは、お金持ちで厳格な祖父母の世話でとても厳しい寄宿学校に入れられてしまったブラジルの少年です。彼は、寄宿学校での生活がつらくてたまりません。ブラジル生まれの少年にとって、イギリスでの暮らしはなじめないことばかりなのです。

3人目のランバートは、他のふたりとはちょっと違う子どもです。彼は金儲けしか頭にない父スプロット氏に甘やかされて育ったので、それはそれはわがままな少年です。なぜ彼が『選ばれし3人』に入っているのか? 彼はマートルのちょっとした手違いで島へ連れてこられたのでした。

ミネットとファビオは、最初は自分たちを誘拐したおばさんたちを憎み、どうにかして島を脱出したいと考えます。でも、おばさんたちは、彼らの親に身代金を要求するわけでもなく、手荒に扱ったりもしません。島の仕事については厳しい面もありますが、それは子どもたちを自分の後継者として育てようとしているから。そのことに気づいたミネットとファビオは、いつしか島の仕事が好きになっていきます。そして、100年に一度現れるという伝説のクラーケンに出会います。しかも、クラーケンの息子の世話をすることになるのです。(ちなみにランバートは誘拐された恐怖と持ち前のわがままぶりで完全に厄介者になっています)

一方、子どもたちが誘拐されたロンドンでは、事件が大きな騒動になっています。だけど、子どもたちの身の安全を真剣に考えて心配しているような家族は誰もいないのです。ミネットの両親も、ファビオの祖父母も、自分たちのことしか見えていないのです。子どものことを考えているように見せているだけなのです。

一番強欲なのはランバートの父スプロット氏でした。彼は、息子がようやくかけてきた携帯電話の連絡内容から、秘密の島に金儲けの種がわんさかと転がっていることを知ります。どうにかして島を手に入れようと画策し、あくどい方法で実現させようとします。

イボットソンの作品では、2018年末にレビューした「リックとさまよえる幽霊たち」を読んだだけですが、「リックとさまよえる幽霊たち」と「クラーケンの島」には共通点があります。それは、人間の残酷さと人間によって生きる場所を失った生き物たちの悲しさです。

「リックとさまよえる幽霊たち」では、人間が次々と都市開発を進めたことで安住の場所を失った幽霊たちのために『幽霊のサンクチュアリ』を作ろうと少年が奔走します。少年の純真な気持ちを踏みにじるのも、幽霊たちが平和にとりつける安住の場所を奪うのも、欲にまみれ、エゴをむき出しにした人間の大人たちです。

本書でも、人間の大人たちは、欲にまみれ、互いにいがみ合い、自然を壊して生き物たちの安住の場所を奪う存在として描かれています。「クラーケンの島」で分別もあり優しい大人は、エッタとコーラルとマートル、そしてドロシーだけです。彼女たちは、他の大人たちとは正反対の人間です。ミネットの両親やファビオの祖父母、そしてランバートの父が見栄と欲に取り憑かれているのに対して、おばさんたちには島の生き物たちの世話をすることだけしかありません。生き物たちが安心して暮らせる場所をつくり、一生懸命に世話をすることだけです。そこには欲もないし見栄もないのです。

私たちは、大人になればなるほど欲深く罪深くなっていくように思います。欲深く、他人を蹴落としても前に出るような気概がないと生き残れないと思い込んでいます。だから、いつも不安で仕方なくて、不安を払拭するために相手を攻撃しているように思います。

イボットソンが描くのは、そういう私たちの愚かしい部分なのだと思うのです。私たちの罪深い部分を諌めているように思うのです。

本書のラストは、子ども向けの作品ということもあり、未来に希望をもたせてくれるようなハッピーエンドになっています。ですが、大人たちにとっては、ただのハッピーエンドではありません。本書のラストで描かれる子どもたちの未来への希望は、大人である私たちが道を作ってあげなければいけないことでもあります。イボットソンは、そういうメッセージを大人たちに発信しているのだと思うのです。

 

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クラーケンの島 [ エヴァ・イボットソン ]