タカラ~ムの本棚

読んだ本の感想などをボチボチと綴るブログ

アンナ・ウォルツ/野坂悦子訳「100時間の夜」(フレーベル館)-ハリケーンがもたらしたニューヨーク大停電。その経験がエミリアを変える。

たったひとりニューヨークへ向かうフライトを待つ14歳のエミリア。彼女は、父親が起こしたスキャンダルをきっかけにネット上で晒し者にされた。だから、ひとりででも逃げ出すしかなかった。オランダからニューヨークへ。

アンナ・ウォルフ「100時間の夜」は、たったひとりでニューヨークにきた14歳の少女エミリアが、偶然知り合ったセスとアビーの兄妹、そしてジムと4人で過ごした物語だ。超大型のハリケーンがニューヨークを直撃し、大規模な停電に見舞われる中、エミリアはセスたちと過ごすことで、ほんの少し成長する。

エミリアが単身ニューヨークへやってきたのには理由がある。冒頭にも書いたように、彼女はオランダ人で教育者である父と芸術家である母がいる。その父親が教育者として恥ずべきスキャンダルを起こした。それをきっかけに、エミリアたち家族は、ネットで激しいバッシングを受ける。身の安全を脅かすような脅迫まで受けるようになり、エミリアは逃げ出すことを決めた。父親のクレジットカードをつかって飛行機のチケットをとり、宿泊先を手配した。ニューヨークに行けば何かが変えられると信じたのだろう。

エミリアは、次々とさまざまなトラブルに見舞われる。

最初のパニックは飛行機の機内で起きた。エミリアは、極度の潔癖症だった。機内は完璧な空調でバクテリアは除去されていると頭では理解していたし、自分が触れる座席や肘掛けも除菌シートで念入りに拭いた。でも、飛行機にはたくさんの乗客がいた。彼らはバクテリアの温床だ。そう思っただけで彼女はパニックになった。

次のトラブルはニューヨークで起きた。予約していた宿泊先は存在していなかったのだ。その住所には、セスとアビーという兄妹が母親と3人で暮らしていた。エミリアは泊まる場所を失い、失意の中で偶然であったジムの部屋で一夜を明かす。その部屋が、エミリアにとっては耐え難い汚れた部屋であっても。ただ、このトラブルによる偶然の出会いが、大停電をセス、アビー、ジムと一緒に過ごす最初の一歩になった。

「100時間の夜」の設定で、潔癖症であることはエミリアという人間の性格付けにも重要な要素になっている。彼女が潔癖症であるが故に、彼女は父親のスキャンダルを許すことができない。ただ許せないというだけでなく、スキャンダルの本質を知ることさえも拒否する。もしかしたら、エミリアが考えているようなひどい話ではなかったかもしれない。でも、知ることを拒否するエミリアには、父親がスキャンダルを起こしたことだけで嫌悪の対象であり、軽蔑の対象になっているのだ。

だが、さまざまなトラブルに見舞われ、セス、アビー、ジムと大停電の中を過ごさなければならなくなると、エミリアは次第に変わっていく。極限の状況の中では、潔癖であることは我慢しなくてはならない。お風呂にだって入れないし、食事やトイレだって多少の汚れは我慢するしかない。それでも、セスたちはエミリアをバカにしたりしない。むしろ、彼女のために優しく接してくれる。エミリアも、完全に潔癖症を克服することはできないが、ある程度は妥協できるようになっていく。そして、少しずつ父親が起こしたスキャンダルについて、セスたちと話せるようになっていく。それまで、目をそらし続けてきたことをキチンとみられるようになっていく。

14歳くらいのころは、親の存在がうっとうしく思ったりする時期だ。男の子だったら母親に毒づくようになったりするし、女の子だったら父親を汚いものでも見るような目で見たりするようになるだろう。成長期のティーンエージャーが全員そうだというわけではないだろうが、そういう十代を過ごした記憶のある大人はけっこういると思う。

エミリアもそういう14歳なのだ。そして、彼女を変えてくれるのは友だちなのだ。同じ悩みを持つ友だち。一緒に苦労をした友だち。彼女は友だちと接することで気づきを得て、そして変化=成長する。

友情の尊さ、友だちの大切さを改めて思い返すことができる作品である。