タカラ~ムの本棚

読んだ本の感想などをボチボチと綴るブログ

エヴァ・イボットソン/三瓶律子訳「リックとさまよえる幽霊たち」(偕成社)-住処をおわれた幽霊たちのために『幽霊のサンクチュアリ』を作ろう!面白くてためになる冒険物語。

 

 

ハンフリーは幽霊だ。〈おそろしのハンフリー〉と名乗っている。けど、全然おそろしくない。完全に名前負け
父ハーミッシュはスコットランドの幽霊。戦争で両足を切り落とされ、胸を剣で突かれて死んだ。スコットランドの民族衣装キルトの裾から足が見えないことから〈空飛ぶキルト〉と呼ばれている。母メイベルはハグというとても恐ろしい顔つきをしていて背中に大きな翼があって、そして悪臭を放つ幽霊だ。兄のアルフレッドは頭蓋骨だけの幽霊で、7、8人の人間がはらわたをひきずりだされたような恐ろしい声で絶叫するから〈絶叫の頭蓋骨〉。姉のウィニフレッドは、血まみれで、身体をあらうための小さな器をいつも追いかけているが永遠に追いつけず、そのもどかしさで嘆き悲しむことから〈なげきのウィニフレッド〉と呼ばれる。
ハンフリーの家族は平和に暮らしていた。しかし、その平和を人間たちが脅かす。家族がとりついているクラギーフォード城とその一帯を再開発する連中だ。暗くてジメジメした場所が好きな幽霊にとって、きらびやかで騒々しい場所は暮らすのに適さない。やむなく彼らは新しい住処をもとめて城をでる。そして、リックという人間の少年に出会う。
リックは、世界のあらゆる危機に心を痛めている少年だ。環境破壊によって住む場所を奪われていく動植物たち。いま、世界中からおおくの動植物が絶滅していこうとしている状況に、リックは心を痛めていた。
そんな心優しいリックのところに、文字通り突然現れたのがハンフリーとその家族たちだった。彼らの悲惨な状況を聞いたリックは、彼らのための『幽霊のサンクチュアリをつくろうと提案する。そして、友だちのバーバラと相談してロンドンに行って首相にお願いすることを思い立つ。
リックたちが『幽霊のサンクチュアリ』を目指して動き出したことは、すぐに他の幽霊たちの耳に入り、ロンドンへの道中もドンドン合流してくる。そして、彼らは首相との面会に成功し、たまたま同席していたブルヘイヴン卿のはからいでスコットランドのインスレイファーンに『幽霊のサンクチュアリ』となる場所を提供してもらえることになる。こうして幽霊たちは、平和で幸せに暮らせる『幽霊のサンクチュアリ』を手に入れることができたのだが...。

訳者あとがきによれば、本書はイギリスでもっとも読まれている児童文学作家エヴァ・イボットソンのデビュー作である。

人間をおどかすのが仕事のはずの幽霊たちが、人間の強引な開発によって住む場所を奪われ行き場をなくしていくという設定は面白い。幽霊たちを動物や植物に置き換えれば、いま現実として起きている環境破壊による動植物の絶滅問題を書いていると読める。

また、大人たちの醜さを描いているところもすごいと思った。善人面をしてリックたちに土地を提供したブルヘイヴン卿だが、その実態は極悪非道な人であり、インスレイファーンの土地を提供したのも幽霊たちへの同情や親切心ではない。彼の狙いは“異物”としての幽霊たちを一網打尽にして一気に退治してしまうことだったのだ。自分の強欲なポリシーにために冷酷に振る舞うブルヘイヴン卿の姿は、人間の醜さの結集のような存在ともいえる。そう考えると、ブルヘイヴンという名前も意味深く感じられる。

児童文学なのでとても読みやすいし、現実の社会問題を反映しているので勉強にもなる。子どもたちが読むことで、環境問題や動植物の絶滅問題について考えるきっかけになるだろう。

数々のピンチを乗り切って、リックと幽霊たちは本当の『幽霊のサンクチュアリ』を手に入れる。ラストには、ある意外な幽霊がサンクチュアリに現れ、ハンフリーたちは反発する。だが、リックは彼らをこう諭すのだ。

休息場所を必要としているすべての幽霊や、悪鬼や、亡霊や、さまよえる霊たちに、このサンクチュアリを開放してください。

生きているときに悪人であっても、死んで幽霊となったら全員平等でなければいけない。サンクチュアリとは、過去にとらわれずにすべての者たちへ開放されるべき場所なのだ。そんな場所が、生きているすべての生き物たちにも与えられればいいなと思う。