タカラ~ムの本棚

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キム・チュイ/山出裕子訳「小川」(彩流社)-ベトナム系カナダ人の著者が描く自らの記憶。短い文章を散りばめた記憶の断片のひとつひとつが私たちに伝えるもの

小川

小川

 

 

この作品の原題Ruとは、フランス語で「小川」を意味し、比喩的に「(涙、血、金銭などの)流れ」を意味する。また、ベトナム語では「子守唄」あるいは「揺籠」を意味する。

キム・チュイ「小川」の冒頭には、本書のタイトルが持つ意味が記されている。それは、まさに著者が記す数々の『記憶の断片』によって本書が記されていることも意味している。

巻末のプロフィールによれば、キム・チュイは1968年にベトナムサイゴン(現在のホーチミン市)に生まれ、10歳でカナダに移住している。キム・チュイが生まれた時代は、ベトナム戦争の真っ只中であり、彼女や彼女の家族も否応なく戦争の災禍に巻き込まれる。

物語は、彼女がこの世に産声をあげた日にはじまる。赤子の元気な泣き声。新年を祝う爆竹の音。そして、機関銃の音が響き、空を戦闘機やロケット弾が飛び交う。たった6行で書かれた描写の中に祝福と混沌が混じり合い、ベトナムの日常と非日常がせめぎ合う。

「小川」の構成は、短くて断片的なエピソードの積み重ねでできている。長くても2ページに満たない、短いものなら数行で記される物語の断片は、時系列とは関係なく、著者の記憶として呼び起こされるままに散文的に配置されている。

大枠としては、ベトナム戦争のさなかに生まれた少女が、必死にボートピープルとしてベトナムを脱出してカナダに移住し、そこで言葉の壁や人種の壁、差別にさらされながら生きていくストーリーになっている。つらい経験もあれば、家族との思い出、カナダで出会った人々の温かさもその人生のストーリーには存在する。そのエピソードが、ポツリポツリと書かれている。

断片的に記されたエピソードは、まるで『小川』の流れに翻弄される木の葉のように、流れの中を行きつ戻りつし、ときに立ち止まり、ときに勢いよく流される。その木の葉が著者自身であり、彼女の人生の流れが小川の流れなのであろう。

小川はやがて大きな川となる。大きな川はいつしか大河となり、やがて大海原へとつながる。

幼少期にベトナム戦争に翻弄され、カナダに移住して安息を求め、やがて自らも母となって彼女なりの幸福を手にする。キム・チュイの人生は、小川から大河へ、そして大海原へと穏やかに移り変わる川の流れだ。そのすべてが、この短い作品にすべて描かれていると感じた。

 

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