タカラ~ムの本棚

読んだ本の感想などをボチボチと綴るブログ

母袋夏生編訳「お静かに、父が昼寝をしております ユダヤの民話」(岩波書店)-ひとつひとつの民話のどこかに今でも教訓となることが必ずあると感じられる民話集

『はじめての海外文学vol.4』で、編訳者でもある母袋夏生さんが推薦しているのが本書「お静かに、父が昼寝をしております」です。

この民話集は、大きく2つのパートに分かれています。ひとつは「各地に伝わるユダヤの民話」で、もうひとつは「『創世紀』のはなし」です。両パート合わせて38篇の物語が収録されています。

ユダヤ人が、世界中に暮らしていることはよく知られています。アメリカにも、ヨーロッパにも、アラブ圏の国々にも、ユダヤ人は暮らしていてコミュニティを形成しています。本書にある数々の民話も、ブルガリア、イラン、ロシア、ドイツ、イスラエル、モロッコ、等々の国々に伝承される物語です。

ユダヤの民話に限らず、古くから言い伝えられてきた民話には、現代の社会に対する警鐘を含むものや遠い過去に記された物語であるにもかかわらず今の時代を予言したかのような話があって、読んでいてドキッとすることがあります。それは、日本のおとぎばなしでもそうでしょうし、欧米の昔話もそうだと思います。

本書に収められている民話の中で、読んでいて印象に残った作品はいくつもあります。

「死神の使い」という民話があります。あるとき、アラブの男の夢枕に抜き身の剣を手にした男があらわれます。男は死神と名乗り「この剣で魂をもらいにきた」と言います。死神の言葉に男は「子どもたちに財産を遺してやれるくらいになるまで待ってほしい」と懇願し、死神はそれを許します。そのときに男は「次にくるときは前もって使いをよこしてほしい」とお願いするのです。やがて年月がたち、男は子どもや孫に囲まれて暮らし、いつしか老いていきます。すると再び死神が男の前にあらわれるのです。男は死神に訴えます、次にくるときは前もって使いをよこすようにお願いしたはずだと。すると死神は、使いなら来たはずだと告げるのです。その使いとは...。

人間は老いていきます。老いることでいろいろなことがその身に起きます。若い頃のようにいつまでも元気でいたいと思っても、なかなか思うようにはいかないのです。それこそが死神の言う『使い』なのです。

最近、働き方改革の必要性が声高に言われるようになっています。なかでも『生産性の向上』は様々な企業が取り組むべき課題の筆頭です。かくいう私が勤める会社でも生産性をどうあげるかに四苦八苦しています。

「二ズウォティのモイシュ」は、現代の生産性問題を語っているように読めました。ある商人のところに同じ名前のモイシュというふたりの若い男が働いていました。やっている仕事は同じですが、ひとりは週2ズウォティ、もうひとりは週6ズウォティの給料でした。同じ仕事なのに給料に差があることに不満をいうモイシュに商人はある仕事を任せます。週2ズウォティのモイシュは、ひとつ用事を片付けては商人の指示をもらって次の仕事をするので非効率的です。次に商人は、同じ仕事を週6ズウォティのモイシュに任せます。すると、こちらのモイシュは1回の作業で全部の仕事を片付けてしまうのです。ふたりの生産性の違いは明白です。これが、ふたりの給料の違いなのです。

この物語からは、今私たちがどう効率的に働くべきかが示されていると思います。今の自分の仕事のやり方を見直すきっかけになる話だと思いました。

後半のふたつめのパートは「旧約聖書」にある「創世紀」の話を読みやすく、わかりやすくしたものが収録されています。神様が昼と夜をつくった話。アダムとエバが楽園を追放されるに至った話。カインとアベルの物語。ノアの方舟の物語。どれも、話としては知っているけれど詳しい内容まではわかっていない話であり、キチンと物語として読む機会もなかった話だと思います。私は今回はじめて、ちゃんと物語として創世紀の話を読んだので、とても新鮮で面白かったです。

ユダヤの民話も創世紀も、どうしても宗教色が強いように感じられるし、まして「旧約聖書」を読み通すような気概も持ち合わせない軟弱な読者としては、このような機会に、しかも『岩波少年文庫』という読みやすい形の作品として手にとれたことは、とても良い経験だったと思います。『はじめての海外文学』にふさわしい一冊ではないかと思いました。