冒頭に『背徳法』という法文が掲載されている。まずは、その全文を記しておく。
欧州人と現地人のあいだにおける
性行為およびその他の関連行為を禁止する法律。英国王陛下、南アフリカ連邦上院および下院は次のように制定する。
1.現地女性と性行為を持つ欧州男性、また、欧州女性と性行為を持つ現地男性は、違法行為の罪で6年を上限とする禁固刑に処する。
2.欧州男性に性行為を許す現地女性、また、現地男性に性行為を許す欧州女性は、違法行為の罪で4年を上限とする禁固刑に処する。
「トレバー・ノア 生まれたことが犯罪」の著者であるトレバー・ノアは、南アフリカのヨハネスブルグにドイツ系スイス人の父ロバートと黒人である母パトリシアの間に生まれた。彼が生まれたのは1984年。その時代の南アフリカには、アパルトヘイト政策があり、先述した『背徳法』もまだ施行されていた。白人と黒人の混血であるトレバーは、まさに『生まれたことが犯罪』だったのである。
本書は、トレバー・ノアの半生を綴った自叙伝である。
混血児として生まれたトレバーは、白人とも黒人とも違う『カラード』という微妙な存在である。それでも、彼は持ち前の明るさやバイタリティで世の中をうまく立ち回っていく。ちょっと、いや相当な悪童で、犯罪スレスレどころか完全にアウトな行為にも手を染めたりする。冷静に考えれば、眉をしかめたくなるようなこともやってきたことが、本書には赤裸々に記されている。
トレバーが生きる上で大きな影響を与えたのが、母パトリシアの存在だ。アパルトヘイトで黒人が徹底的に差別された時代に、パトリシアは正面から社会と闘っている。トレバーに対する姿勢も厳しい。それは、彼女の気の強さもあるだろうが、白人優位黒人差別の南アフリカで生き抜くための厳しさでもある。
非人間的ともいえる差別が描かれるとき、その描写には、作者のつらさや悲しさ、憤りが込められていることが多い。そういう描写を読んでいると、こちらもつらく感じたりするものだ。だが、本書からはそういう悲壮感のようなものは感じられない。それは、著者のトレバー・ノアがスタンダップコメディアンであり、本書の語り口も軽妙なユーモラスがあふれる描写になっているからだ。
それでも、ただ笑い飛ばしているわけではない。アパルトヘイト政策がもたらした弊害(黒人への教育の不足、隔離政策をとったことによる黒人同士の対立など)や貧しい生活の中で生きるために犯罪に手を出さなければならない事情など、読んでいて考えさせられる話もたくさんある。
軽妙な語り口にたくさん笑いながら、差別の愚かしさのこともじっくりと考えさせられる。本書はそういう一冊だと感じた。