タカラ~ムの本棚

読んだ本の感想などをボチボチと綴るブログ

吉田修一「国宝」(朝日新聞出版)-厳しい芸事の世界を生き抜いた男の壮絶な半生。それはまさしく大舞台の主役を張る役者の人生物語だった。

※NetGalleyから入手した発売前のゲラを読んでのレビューになります。本書の発売は、9月7日の予定です。

最後の場面。三代目花井半二郎が『阿古屋』の幕がまさに降りようとしたそのときの場面に強く惹きつけられた。役者の道を突き詰め、貫いてきた三代目の鬼気迫る迫力。そこに至るまで語り尽くされてきた物語の数々。それを思い出し、胸の奥を鷲掴みにされたような感動があった。

吉田修一「国宝」は、上巻にあたる「青春篇」と下巻にあたる「花道篇」を通じて、ひとりの女形歌舞伎役者の人生を描き出す。その役者とは、三代目花井半二郎。長崎の侠客一家立花組の組長立花権五郎の息子立花喜久雄として生まれ、その父をヤクザの抗争の中で失う。その後、ある事件をきっかけに大阪の歌舞伎役者二代目花井半二郎の家に預けられることになった喜久雄は、二代目の息子俊介とともに、歌舞伎役者としての道を歩んでいくことになる。

喜久雄の役者人生は、けっして順風満帆とはいかない。それでも、喜久雄は花井東一郎という名前をいただき、花井半弥こと俊介とともに、切磋琢磨しながら芸の道を歩んでいく。良きライバルであり親友でもある喜久雄と俊介。しかし、芸事の世界は人気と実力がすべてだ。やがてふたりの間には決定的な溝が生まれていくことになる。

世間を知らず、芸の精進におのれの人生の全てをかける喜久雄の姿は、読者の心にグイグイと迫ってくる。「どうだ、どうだ」と、「これでもか、これでもか」と喜久雄は、読者に全身全霊をぶつけてくる。それはまさに、現実の役者が舞台で魅せる芝居の迫力なのだ。

立花喜久雄、三代目花井半二郎の人生という大芝居を迫力のある舞台に仕立てているのは、本書の語り口調であることは間違いない。講談師の演目のごとく語りあげる文体があるからこそ、喜久雄や俊介、徳次、市駒、綾乃といった登場人物たちに命が吹き込まれ、さらに花井半二郎、花井白虎、姉川鶴若、吾妻千五郎といった役者たちにもその生命が染み渡っていく。物語の登場人物たちひとりひとりに与えられた命が、まるで本物のように立ち上ってくるのだ。

圧倒的な生命力を感じさせるからこそ、立花喜久雄の人生、三代目花井半二郎の役者魂は読者に感動を与えるのだ。そして、冒頭にも記した「国宝」という物語の大団円を迎えたとき、その感動は最高潮に達するのである。

ですからどうぞ、声をかけてやってくださいまし。ですからどうぞ、照らしてやってくださいまし。ですからどうぞ、拍手を送ってくださいまし。
日本一の女形、三代目花井半二郎は、今ここに立っているのでございます。

この壮絶なる役者魂に心からの拍手を贈ろう。腹の底から「三代目!」と声をかけよう。そしてなにより、この物語を生み出した吉田修一に最大の賛辞を贈ろう。