タカラ~ムの本棚

読んだ本の感想などをボチボチと綴るブログ

ミック・ジャクソン/田内志文訳「こうしてイギリスから熊がいなくなりました」(東京創元社)-差別や偏見、過酷な労働。虐げられ続けた熊たちは、やがてイギリスから姿を消した。

とてもユーモラスなのに、漂うのは悲しくて切ない。読んでいてときに苦しくなる。

ミック・ジャクソン「こうしてイギリスから熊がいなくなりました」には、8篇の短編が収められている。それはすべて『熊』にまつわる物語。イギリスにかつて存在した熊が、なぜ姿を消してしまったのか。その顛末をめぐる物語。

現在、イギリスには野生の熊はいないというのはどうも事実らしい。かなり昔にさかのぼれば野生の熊が生息していた時代もあるのだが、現在はイギリスや隣接するアイルランドにも野生の熊はいないそうだ。

もちろん、「こうしてイギリスから熊がいなくなりました」は、イギリスで野生の熊が絶滅した経緯を記したノンフィクションではない。本書はファンタジーだ。物語に描かれる熊たちは、電灯もオイルランプもない時代に暗闇の中に現れる『熊精霊』に姿を変えた悪魔であり、死者の罪を食べる『罪喰い熊』であり、サーカスの道化師であり、人間が嫌がる過酷な下水道の掃除を担う清掃人である。ときに人間を脅かす存在であり、ときに人間の代わりとなる存在であり、なにより人間から差別され怖がられ嫌われる存在である。

この物語に描かれる熊たちが暮らす環境はとても厳しい。富める人間たちから虐げられ、最低限の生活の中で懸命に生きている。『熊』を主役として寓話的に描かれているが、そこには貧富の格差に喘ぎ、ギリギリの生活の中で差別され、搾取されている貧者たちのリアルが映し出されている。衆目の差別にさらされ、嫌悪の対象とされ、与えられる仕事は汚れたものばかり。社会の底辺に暮らし、最低の生活から抜け出す術をもたない者たちの姿が、『熊』の姿形を借りて描かれているのが本書なのだ。

寓話とは、現実への痛烈な批判であり皮肉である。「こうしてイギリスから熊がいなくなりました」に収められている8篇の物語は、どれも面白く、中には声を出して笑ってしまうような話もある。だけど、そうして笑いながら読み進めていくうちに、少しずつ心に切なさが突き刺さってくる。自分を熊に置き換えて読むと、とても身につまされる。

もしかすると著者は、こうして笑いながら本書を読んでいる私たちにこう訴えているのかもしれない。

「あなたは、この『熊』たちを笑える側の人間なのか?」
「あなたも、この『熊』たちと同じ側に立っているのではないか?」

深く考えすぎだとは思う。楽しい本は楽しく読めばよいと思う。でも、そこに描かれていることの意味を考えることも本を読むときには大切なことだと教えられた気がする。

 

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