タカラ~ムの本棚

読んだ本の感想などをボチボチと綴るブログ

エトガル・ケレット/母袋夏生訳「突然ノックの音が」(新潮社)-様々な角度から多彩な変化球でしかけてくるイスラエル発の超クセ球短編集

一昨年(2016年)に読んだ「あの素晴らしき七年」は、戦争が日常の中にあるイスラエルの作家エトガル・ケレットのエッセイ集であり、イスラエルパレスチナの戦争、ユダヤ人としてのアイデンティティーなど、さもすれば暗い影を抱える中でユーモアを忘れない作家の矜持を感じさせる作品だった。

s-taka130922.hatenablog.com

 

本書「突然ノックの音が」は、短編集であり、ショートストーリー38篇が収録されている。

作品は、幻想的であり、不条理であり、SFテイストがあり、優しさに溢れていたり、と多様であり、エトガル・ケレットという作家の様々な一面を感じられる。

表題作の「突然ノックの音が」は、作家の家にあがりこんだ男が「話をしてくれ」と語りかけるところから始まる。作家と男の間には友好的な雰囲気はなく、男は髭面でピストルを構えている。「部屋に、二人いる」と作家は口を開く。「すると突然ノックの音が」と作家が話を続けると、そこに突然ノックの音が聞こえる。そして、別の男が二人の前に現れる。

なぜ作家の家にピストルを持った男がいるのか。どうして次々と似たような男たちが現れるのか。何もわからないまま、作家が話をしようとするとノックの音が聞こえ、別の男が現れる。やがて作家はノックの音がしないと気になって話ができなくなる。

見ず知らずの人の家を唐突に訪れて、「人間の言葉をしゃべる金魚がいて、その金魚が願いを三つ叶えてくれるとしたら、何を願いたいですか」と訪ねて、その人が答えてくれる様子を映像にするドキュメンタリーを思いついたヨナタンは、順調に撮影を進めていくが、ひとりのロシア人移民の家で事件が起こる。セルゲイというロシア人移民の家には『金魚』が飼われていた。それは、ある秘密をもった『金魚』で・・・。(「金魚」)

「突然ノックの音が」や「金魚」のように不条理な作品が収録される一方で、夫を亡くした妻が、夫とふたりで営んできたの思い出の食堂で不思議な団体客と出会い、悲しみを癒やし、生きる希望を取り戻す「喪の食事」のようなハートウォーミングなストーリーもある。

本書は、優れた短編小説に贈られる『フランク・オコナー国際短編賞』の最終候補にもなったという。イスラエルの作家であり、ユダヤ人であり、ホロコースト2世(両親がポーランドとロシアの出身でともにホロコースト経験者)というアイデンティティーを持つ作家が描き出す世界は、作家自身の多様性と同様に多種多彩である。多様な作品の中から自分好みの作品を見つけるのもよい。38の短編から共通する何かを探し出そうとするのもよい。読み方も多種多様にできる短編集である。

あの素晴らしき七年 (新潮クレスト・ブックス)

あの素晴らしき七年 (新潮クレスト・ブックス)