ガタガタ書評ブログ

読んだ本の感想などをボチボチと綴るブログ

マヤ・ルンデ/池田真紀子訳「蜜蜂」−ウィリアム、ジョージ、タオ。異なる時代に生きる3人をつなぐ『蜜蜂』と『家族』

今年(2018年)は、関東地方で6月中に梅雨明けしたかと思うと、西日本や北海道では記録的な大雨になるなど異常気象が続いている。きっと今年も猛暑の夏が来るのだろうと、暑いのが苦手な私としてはすでにげんなりしているところだ。

地球温暖化の話は、ずいぶん前から繰り返し聞かされていることで、かといって何らか解決策が見いだせるわけでもなく、こうして毎年毎年、猛暑だゲリラ豪雨だ大雪だとわれわれは自然に翻弄されている。

マヤ・ルンデ「蜜蜂」は、蜜蜂という昆虫の存在する“意味”を通じて、人間が自然をコントロールすること、できると考えることの愚かさを描き出す。

物語は、2098年の中国・四川省で農作物の受粉作業に従事するタオ、1851年のイングランドハートフォードシャー・メアリーヴィルで蜜蜂の巣箱の開発に取り組むウィリアム、2007年のアメリカ・オハイオ州・オータムヒルで養蜂業を営むジョージの3人のストーリーによって構成されている。過去・現在・未来のそれぞれの時代をつなぐのは、蜜蜂の存在だ。

ウィリアムの時代は、これからの養蜂業の未来に向けて伸びていく時代であり、ジョージの時代は、蜜蜂の生態に何らかの異変が生じ絶滅への道を歩き始めた時代、そしてタオが生きる未来の世界は蜜蜂はすでに絶滅し、農作物の正常な生育のためには人間が自分の手で受粉をさせなければならなくなっている。蜜蜂という小さな昆虫が、いかにわれわれの生活に重要な役割をもった存在であるかを気づかせてくれる。

物語の半分より先、3分の2くらいまでは正直読んでいてあまりおもしろく感じない。私は、本書を発売前のゲラをネットで読めるNetGellaryにリクエストして入手したので途中で投げ出すことはなかったが、購入したり図書館で借りたりした本だったら、途中で投げ出したかもしれない。

ただ、後半になり、タオの息子ウェイウェンを巡るサスペンス的な展開やウィリアム、ジョージ、そしてタオの時代をつなぐものの存在が明らかになってくると、物語は一気に疾走感を増す。終盤の展開は面白かった。

本書には、蜜蜂の他にもうひとつ大きなテーマがある。それは家族だ。ウィリアムもジョージもタオも、家族、特に息子の存在がそれぞれの人生においてキーポイントになっている。家族というテーマの方がむしろ本書ではメインテーマと読めるかもしれない。蜜蜂と家族という2つのテーマが終盤になってひとつに集約され、ウィリアム、ジョージ、タオの人生が1本の糸でつなぎあわさったとき、この物語の本質が見えてくる。そして、3人それぞれの家族の物語もそれぞれにあるべき場所に落ち着いていく。

著者はヤングアダルト作品を手がけてきて、本書がはじめての大人向け作品とのことだが、はじめての作品でこれだけの重いテーマを描こうとチャレンジし、高く評価されるものを生み出した。万人受けするタイプの作品ではないかもしれないし、前半の展開で読みにくいと感じてしまうかもしれないので、「面白いから絶対読んで!」と推薦できるほどではないが、「読んで損はないよ」といえる作品だと思う。