タカラ~ムの本棚

読んだ本の感想などをボチボチと綴るブログ

東江一紀著、越前敏弥編「ねみみにみみず」(作品社)-縦横無尽に放つオヤジギャグの波状攻撃に抱腹絶倒、ところどころにのぞかせる翻訳者としての矜持に胸アツ、名翻訳家の訳業にあらためて感謝。

翻訳家の東江一紀さんが亡くなられたのが2014年。翌2015年に開催されたイベント『言葉の魔術師 翻訳家・東江一紀の世界』に参加してからも、もう3年になるのかと思うと時間というのはあっという間に過ぎるものである。

「ねみみにみみず」は、2015年のイベントも企画・実行された翻訳家の越前敏弥さんが編集した東江さんのエッセイ集だ。数々の月刊誌などに掲載されたエッセイや文庫あとがきなどを集めている。タイトルの「ねみみにみみず」とは、なにやら聞き慣れない言葉で、「ねみみにみず(寝耳に水)」の誤植でしょ? と思ってしまうが、これは東江さんが好んで使っていたという決めゼリフなのだと「変な表記、じゃない、編者後記」の中で越前さんが書いている。

本書を編纂しているとき、こんな本が世に出ることを東江さんが知ったら、どう反応なさるだろうと考えてみた。すぐに答が浮かんだ。これには絶対の確信があった。東江さんはきっと、にやにやしながらこうおっしゃるにちがいない。

「寝耳に蚯蚓でしたよ」

これは東江さんが最も愛した決め台詞のひとつで、わたしは何度も耳にしたことがある。

 

本のタイトルにもなった「ねみみにみみず」以外でも、本書の各章のタイトルは、東江さんの名言(迷言?)から取られていて、

執筆は父としてはかどらず
お便りだけが頼りです
訳介な仕事だ、まったく
冬来たりなば青唐辛子
小売りの微笑
寝耳に蚯蚓
待て馬鹿色の日和あり

と続く。まあ、はっきり言ってしまえばオヤジギャグだ。そこらの中年オジサンが口にしたら、周囲をヒョーっと冷たい風が吹き抜けて、みなの背筋を凍りつかせることだろうが、そこは言葉の魔術師たる東江さんの言葉、なにやら神々しささえ感じ……ませんね、すいません。

収録されているエッセイも章タイトルからわかるように、軽妙洒脱な内容で、読んでいて笑える。でも、ただくだらないオヤジギャグが連発されるだけの軽薄なエッセイというわけではない。そこには、翻訳家として自らの仕事に誇りをもってのぞまれていたであろう東江さんの、翻訳に対する思いや、東江さんが教え育ててきた若い翻訳家たちへのエールがしっかりと込められていると感じる。

これまで、〈翻訳家・東江一紀〉としてしか知らなかったけれど、本書を読んでエッセイストとしても実にユーモラスで素敵な方だったのだと知ることができた。東江さんの魅力を知ることで、その翻訳作品をまた読み返してみよう、未読の本を読んでみようと思った。