タカラ~ムの本棚

読んだ本の感想などをボチボチと綴るブログ

ジュリア・サーコーン=ローチ/横山和江訳「サンドイッチをたべたの、だあれ?」(エディション・エフ)−公園のベンチから消えたサンドイッチ。犯人はいったい誰なのか。目撃者の証言は完ぺきに思えたのだが...

 

事件はいつだって突然に起きる。

その日は朝から平和だった。もっとも、この街じゃ事件と言ったってちょっとしたご近所トラブルの類で、せいぜいが万引きくらいのものだ。いや、もちろん万引きだって立派に犯罪ではあるけれど、強盗だの殺人だのという物騒な事件が起きたことはない。

だから、昼休みを終えて「さて、午後も長くなりそうだ」とデスクに腰を落ち着けたところで電話が鳴ったときも、それほど気負ったところはなかった。案の定、電話の相手はオフィスの前にある公園の管理事務所からだった。

「やられたよ」と公園事務所に長年勤務しているその職員は言った。「食い逃げだ」

なんでも、公園のベンチに置いてあったサンドイッチがちょっと目を離したすきに誰かにたべられてしまったらしい。

「食い逃げの現場を見た、っていうヤツがいるんだけどね」と彼は言った。

「なら、すぐに犯人は捕まるだろ?」と答えると、彼は「ウーン」と唸り、「それが、どうもね」と何やら煮え切らない。とりあえず来てくれと言うので、ヤレヤレと思いながら相棒と一緒にオフィスを出て公園に向かった。徒歩わずか1分。なんの運動にもならない。

現場について彼の煮え切らない態度がわかった。なるほど、そういうことか。目撃者は、公園の職員に向かって『ギャンギャン』と吠え立てるように訴えていた。おそらく、自分が見たことを伝えようとしているんだろうが、何を言っているのかさっぱりわからない。これは確かに相棒に働いてもらうしかないだろう。「頼むよ」という思いをこめて相棒を見ると、「全部おまかせ」とばかりにのっそりと目撃者のところまで歩いていった。

「クマだってよ」と、しばらく目撃者と話していた相棒が戻ってきて言った。「サンドイッチはクマが食べちゃったんだって」

「クマ?」思わず公園の職員と顔を見合わせてしまった。

「そう、クマ」相棒は座り込んで、まだ興奮気味の目撃者を軽く振り返った。「山から降りてきたクマが公園に迷い込んできたんだ、って。でも、たぶん嘘だと思うけどね」

相棒は、目撃者の証言を信用していなかった。「それは、どうして?」と訊ねると、相棒はその根拠をいくつかあげた。もしクマがサンドイッチを食べたとして、そんな目立つことがあったのに『クマを見た』という話がまったく聞こえてこないこと。こんな街なかにクマが現れて騒ぎにならない方がおかしい。

「それにね」と相棒はペロリと口元を舐めた。「目撃者はある決定的な証言をしてるんだよ。犯人につながるね」

相棒の説明を聞いて「なるほど」と納得した。相棒の勘は鋭い。事件の真相は、相棒の見立て通りだろう。連絡してきた公園の職員も納得した様子だ。

「ま、相手が相手ですからね。ここは仕方ないと諦めますよ」と、彼は笑った。これから、公園北入口前の“サムの店”で遅めのランチセットを食べると言う。彼がサムの店の方に歩いていく後ろ姿を見送ってから、相棒とオフィスに戻った。

「やれやれ、今回もたいした事件じゃなかったな」

そう愚痴ると、相棒は「そうね」とひと吠えし、お気に入りのソファで丸くなった。すぐに寝息が聞こえてきた。今頃、サンドイッチを食べた犯人も満腹で眠っているかもしれない。この街の事件はいつだって突然に起きる。でも、たいした事件じゃない。だけど、得てして真実なんてそんなものだ。〈謎のサンドイッチ消失事件〉はこうして幕を下ろした。