ガタガタ書評ブログ

読んだ本の感想などをボチボチと綴るブログ

アンジー・トーマス/服部理佳訳「ザ・ヘイト・ユー・ギヴ~あなたがくれた憎しみ」(岩崎書店)-なぜカリルは撃ち殺されなきゃいけなかったのか。事実が歪められていく中で、スターは勇気をもって真実をみつめることを決意する。

ビッグDの春休みのパーティで、スターは幼馴染のカリルと久しぶりに会った。会場に銃声が響きパーティが混乱する中からふたりは抜け出し、カリルの車に乗り込む。カーステレオから大音量で流れるのは、トゥパックの古くさいラップ。どうしてそんな古くさい曲ばかりきいているのかと言うスターに、カリルは「トゥパックは本物だ」と答える。

「そうだね、二十年もまえの人だけど」
「いや、いまだって十分通用する。そう、たとえばだな」カリルはわたしに指をつきつけた。自分の哲学を語るときの癖だ。「パックは、Thug Lifeってのは、"The Hate U Give Little Infants Fucks Everybody"〈子どもに植えつけた憎しみが社会に牙をむく〉の略だと言ってるんだ」

アンジー・トーマス「ザ・ヘイト・ユー・ギヴ」は、2017年のボストングローブ・ホーンブック賞を受賞したヤングアダルト(YA)小説である。著者は、本書がデビュー作品となる。(リンク先:やまねこ翻訳クラブ ボストングローブ・ホーンブック賞受賞作品リスト)

本書が描くのは、いまだアメリカ社会に根深く残る人種差別問題だ。

黒人であり、けっして治安が良いとは言えないガーデン・ハイツに暮らす16歳のスターが主人公。彼女は、幼馴染のカリルが目の前で白人の警官に撃ち殺される現場に居合わせる。何も悪いことなんてしていないのに、何も抵抗していないのに、白人警官1-15はカリルを撃ち殺し、スターにも銃口を向けた。カリルの命の火が消えていく中で、スターは何もすることができなかった。

カリルは、黒人であり、ドラッグの売人でもあった。白人警官が無抵抗な黒人を射殺したはずの事件は、いつの間にか「ドラッグの売人でもある札付きのワルだから撃たれても仕方ない」と、被害者であるカリルが糾弾され、1-15の行動は正当であったという論調になっていく。黒人たちの怒りは高まり、ガーデン・ハイツでは『カリルに正義を!』のスローガンを旗印に抗議行動がエスカレートし暴動が起こる。

物語は5つのパートで構成されている。事件が発生に、苦悩の末にスターが大陪審での証言を決意するまで(パート1「ことのはじまり」)。大陪審での証言当日まで(パート2「5週間後」)。大陪審での証言後にスターに起きたこと、少しだけ平穏な日々のこと(パート3「8週間後」、パート4「10週間後」)。そして、大陪審の決定。その後の混乱(パート5「13週間後」)。

およそ500ページ近い本書の中で、パート1が半分以上のページをつかって書かれていることに着目したい。

本書は、黒人差別の問題を描いているが、主題となっているのは“勇気”の問題だと思う。それは、スターの問題だ。

カリルが射殺されるのを目撃したスターは、『死人に口なし』でカリルが「撃ち殺されても仕方ないヤツ」と貶められていくのを見ても、自分が目撃者として証言することが怖くてできなかった。彼女は、10歳のときに友だちのナターシャが抗争に巻き込まれ、目の前で撃ち殺されるのを見たトラウマがある。カリルの名誉を回復し、真実を語る責任が自分にはある。頭ではわかっていても恐怖には抗えない。

それでも、スターは少しずつ勇気を奮い起こしていく。警察で証言し、検察で証言をし、メディアで証言し、大陪審での証言に至る。そこに至るまでの彼女の苦悩と葛藤の時間が、パート1には記されているのだ。

どんなことでも、勇気をもって行動を起こすのは難しい。特に、大人は年を重ねてたくさんのリスクを経験してしまっているから、ついついリスクを言い訳にして一歩を踏み出せなくなっている。スターも、過去の怖い経験がトラウマになってしまい、勇気の一歩が踏み出せない。それでも、彼女は、家族の励まし、友だちや恋人の態度への不満や共感、そしてなにより真実が失われゆくことへの憎しみを力にして勇気を奮い起こす。

いまだなくならないアメリカの黒人差別問題の現実をスターという黒人少女の成長を通じて知ることができる作品だと思う。