タカラ~ムの本棚

読んだ本の感想などをボチボチと綴るブログ

花田菜々子「出会い系サイトで70人と実際に会ってその人に合いそうな本をすすめまくった1年間のこと」(河出書房新社)-出会い系サイトを通じて出会った人たちはそれぞれ個性的な人ばかり。もし、私が著者と出会っていたらどんな本をすすめてもらえただろうか?

著者は、下北沢他のヴレッジヴァンガード二子玉川蔦屋家電、日暮里のパン屋の本屋などの店で店長をつとめてきた。現在は、日比谷シャンテに新しくオープンした『HMV&BOOKS HIBIYA COTTAGE』の店長をしている。本書は、著者初の著作になる。

www.hmv.co.jp

「出会い系サイトで70人と実際に会ってその人に合いそうな本をすすめまくった1年間のこと」(以下、長いので「であすす」と記す)は、夫との関係が壊れてしまった主人公の〈私〉が深夜のファミレスでひとり時間を潰している場面からはじまる。〈私〉は、午前2時がくるのを待っている。近くのスーパー銭湯は、6時間以上滞在すると延長料金を取られるため、ギリギリの時間までこうしているのだ。

夫と別居し一人暮らしをはじめた〈私〉は、『X』という出会い系サイトを知る。「知らない人と30分だけ会って、話してみる」という内容のウェブサービスとして紹介されていた『X』に彼女は登録してみることにした。そこには、今まで彼女が知ることのなかった世界が存在していた。

出会い系サイトのようなものには違いないのだろうが、出会いを異性との恋愛目的に限定していないからなのか、後ろ暗さはなく、おしゃれな感じすらする。私がイメージする「出会い系」とは全然違う。学生さん、おじさん、若いOL風のきれいな女の人、サラリーマン、高そうな自転車で都会を走っていそうな人、いろんな人がこのサイトの中に実在しているのだ。

 

種々雑多で個性的な人たちが集まる「X」で、〈私〉はあることをやってみようと思い立つ。彼女は、自分のプロフィール欄にこう書き込んだ。

「変わった本屋の店長をしています。1万冊を超える膨大な記憶データの中から、今のあなたにぴったりな本を1冊選んでおすすめさせていただきます」

 

こうして、この物語は始まった。

出会い系サイト「X」上の登録データでも個性的な人たちは、実際に出会ってもやはり個性的だ。親切そうな感じで近づいてきて、いろいろと教えてくれた挙げ句に結局目的はセックスだったという出会い系にはよくいそうなタイプの人がいれば、一方的にまくしたててくるタイプの人もいる。せっかく本をすすめても、あまり興味をもってもらえないこともある。いきなり手品を披露する人。メンタリズムを勉強しているらしい人。男の人ばかりではなく女性とも会ってみたりして、そのたびにその人に合いそうな本をすすめていく。

出会った人の中には、その出会いをきっかけに友だちとして長く付き合う関係を築けた人もいる。彼、遠藤さんとはその後親しく会って話をし、相談にも乗ってもらうようになっていく。

『X』を通じた多くの人たちとの出会いの経験は、確実に〈私〉の意識を変えていく。知らない人と話すことのハードルが下がると人間は大胆になっていくものだ。〈私〉の方から積極的に話しかけ、会って話をする機会をつくる。こうして、〈私〉は「逆ナンの術」を身につけたのである。黒岩さんや佐久間さんとは、こうして出会い、話を弾ませる。

経験を積んでいくと〈私〉は、「誰とでも友達になれるのでは?」と考えるようになる。

(略)私だってやみくもにアイドルやお笑い芸人と仲良くなりたいわけではない。だけど「会いたい」と言えるだけのちゃんとした理由があれば、そんな特別なことではなく、だいたいの人と会えるものなのかもしれない。

 

〈私〉が会いたい人、それは京都で「ガケ書房」という書店を営んでいる山下さんだった。

結果として、〈私〉が『X』を通じてたくさんの人と出会い、本をすすめてきた本当の目的は、山下さんに会って話をするだけの経験を重ねるためだったのかもしれない。はじめは興味本位からスタートし、出会い系サイトの中でちょっと目新しいこととして出会った人たちに、その人に合いそうな本をすすめてきた。出会いの数を重ねていって、次第に大胆さを身につけた〈私〉は、その経験の勢いで「ガケ書房」の山下さんにアプローチし京都まで行ってしまう。もし、『X』での経験がなかったとしたら、〈私〉は今でも山下さんを「いつか会って話したい人」として遠くから見ているだけだったかもしれない。『コミュ力』というのとは違うかもしれないけど、人と会う経験はやはり貴重なのだと感じる。

「であすす」は、「WebMagine温度」というWebサイトで連載されていて、私は連載中から読んでいた。とにかく長くてインパクトのあるタイトルと出会い系サイトを舞台にしたエッセイ風の小説(逆かもしれない)というのは、なんとか興味を惹かれる内容だし実際読んでみると面白かった。

ondo-books.com

著者の花田菜々子さんのことも知っていた。Twitterで相互フォローもしている。ただ、実際にお会いしたことはない。本書の中で〈私〉が「ガケ書房」の山下さんを一方的に知っていたように、私にとっての花田さんも一方的に知っている書店員さんなのである。

私もいつか、花田さんと直接お会いできるときがくるだろうか。「会いたい」と思えば、そしてちょっとした行動力と大胆さがあれば、きっと会うことができるに違いない。そう思っている。

【補足】

本書に登場する「ガケ書房」は、2015年に移転して「ホホホ座」と改名しています。