ガタガタ書評ブログ

読んだ本の感想などをボチボチと綴るブログ

伊吹有喜「彼方の友へ」(実業之日本社)-Dear Friends~嬉しいときも、苦しいときも、悲しいときも、楽しいときも、いつもそばにいてくれたあの日の友へ

 

海外文学を中心に読書をしているので、国内小説にはどうしても目が届かない。そうすると大事な作品を読み逃してしまう。本書はまさにそうした読み逃していた作品。第158回直木賞候補作。

とある高齢者施設。大正生まれの佐倉ハツは、その施設で暮らしている。90歳を過ぎて、あまり体調もよくないから面会もすべて断っている。その日も、施設の職員からハツへの面会客があったと聞かされた。ただ、その面会客はいつもと違っていた。職員が手渡してくれたのは、チューリップやヒマワリ、スミレなどの花々がデザインされた花札のようなカードの入った小箱。〈フローラ・ゲーム〉というそのカードを見たハツの胸には、あの日の記憶がよみがえった。

物語の舞台となるは、昭和12年から昭和20年までの東京。それは、まぎれもない戦争の時代。銀座にある出版社・大和之興業社が刊行している少女向け雑誌「乙女の友」編集部である。佐倉波津子(本名はハツだけど、それが嫌で波津子と名乗っている)にとって、「乙女の友」は大好きな本であり、主筆の有賀憲一郎と挿絵画家の長谷川純司は憧れの存在だ。波津子は、ある事情から「乙女の友」編集部で有賀主筆専属の雑用係として働くことになる。

戦争の色が次第に濃くなっていき、街や人が戦争ムードに包まれていく中で、全国の少女たちに少しでも夢と希望を届けたいと願う「乙女の友」の編集部員たち。たとえ、当局から睨まれることになっても、ギリギリのラインでオシャレを楽しむ心のゆとりを届けたいと頑張る人たち。本書は、沈鬱な時代で戦う作家、画家、そして編集者の物語だ。何もかもがギリギリで、あらゆることが監視と制約の対象とされた時代。「戦地で戦う兵隊さんたちを思えばこそ、内地の人間が着飾ったり、愉しんだりすることは許されない」とされた時代。かつては叙情的で愛情豊かな詩篇やユーモアに溢れた娯楽小説で埋め尽くされた誌面が、物資を制限され、表現を制限されていく。それは、物語に描かれる架空の話ではなく、現実にも起きていたことなのだ。そう考えると、すべてに恵まれた時代に生きていることは幸福なのだと実感する。

本書は、戦争の時代を背景にしたお仕事小説であると同時に、主人公の佐倉波津子(佐倉ハツ)が「乙女の友」に憧れるひとりの読者から、作家となり、やがては「乙女の友」を支える存在となるまでの成長の物語である。彼女は、憧れの存在であった有賀主筆や長谷川純司をはじめとする編集部の面々や霧島美蘭、荻野紘青、空井量太郎といった作家たちとの仕事を通じて、多くのことを学ぶ。それはいつしか彼女の中で大きく花を開き、彼女は戦争末期そして終戦後の「乙女の友」を支える柱となるのだ。

「第5部 昭和二十年」から「エピローグ」へと続くラストシーンは、それまでの波津子の成長を見守ってきた読者の胸をきっと熱くする。彼女の弱さと強さがひしひしと感じられ、彼女を支え続けてきた人たちの存在が強く強く心に浮かんでくる。素敵な物語を読ませてもらった。