タカラ~ムの本棚

読んだ本の感想などをボチボチと綴るブログ

コルソン・ホワイトヘッド/谷崎由依訳「地下鉄道」(早川書房)-奴隷制度に支配された19世紀アメリカ。虐げられた黒人奴隷たちを北へ逃がすための〈地下鉄道〉が存在していた。

 

舞台は19世紀はじめのアメリカ南部。その時代、アメリカには奴隷制度があり、アフリカから連れてこられた黒人やその子孫たちが、白人農場主の奴隷として劣悪な生活環境で苛酷な農作業に酷使されていたことは、世界史で学んだ。

「地下鉄道」は、その時代を舞台にした小説である。主人公はコーラという黒人少女。彼女は祖母の代から続く奴隷の家系に生まれ育った。母のメイベルは、まだ子どもだったコーラを残して逃亡し行方知れずになっている。

物語はまず奴隷たちの苛酷な日々を克明に描き出す。ジョージアのランドル農場で奴隷として働くコーラの日常を通じて、私たちは黒人奴隷たちがいかに厳しくつらい毎日を送ってきたかを目の当たりにする。生きるために最低限の環境で、身体をボロボロにして働く日々。一切の自由を奪われ、理不尽に虐げられる日々。互いを助け合いかばい合うはずの奴隷同士でも、疑心暗鬼や羨望から互いを憎み対立する。

苛酷な奴隷生活をおくるコーラに逃亡の話を持ちかけたのはシーザーだ。彼は、奴隷を北に逃してくれる〈地下鉄道〉があると言い、コーラに一緒に逃げようと誘う。こうしてコーラは、シーザーとともに〈地下鉄道〉を使って自由への逃亡を図る。

本書のタイトルでもある〈地下鉄道〉とは、奴隷たちを北部へ逃がすための活動を行っていた実在の地下組織である。もちろん、あの時代に地下を走る鉄道が存在するはずはなく、そのような名前で呼ばれていたということだ。著者は、それを『実際に奴隷を逃がすための秘密の鉄道が地下を走っていたら』という架空の設定で本書を書いた。

「地下鉄道」は、コーラの自由への逃亡と彼女にふりかかる様々な苦難の物語だ。コーラの逃避行は、ジョージアからサウス・カロライナ、ノース・カロライナ、テネシーインディアナと続く。その旅路は必ずしも順風ではない。ときに自由への希望に胸を膨らませ、奴隷としては味わうことのなかった幸せを謳歌する。しかし、彼女を連れ戻すための奴隷狩り人による追跡は、彼女に平穏を与えようとはしない。

本書は、黒人問題、奴隷問題といったアメリカの暗黒の歴史を描き出す社会派の物語であるが、なにより最高のエンターテインメント小説でもある。19世紀初頭に地下を走る鉄道があったらという架空の世界で繰り広げられる自由への闘いは壮絶であり、逃げるコーラと迫りくる奴隷狩り人との攻防は、手に汗握る緊張感をもって読者に突き刺さってくる。

この奴隷狩り人リッチモンドと彼の手下たち一行の姿は、西部劇に描かれる悪役の姿そのものだ。訳者あとがきには、

たとえば奴隷狩り人リッチモンド一行の奇抜さは、「マッドマックス」風の演出で映像化したら、たいそう映えるのではないかと思う。

 

とあって、なるほどと思ったし、リッチモンド一行にかぎらず、登場するキャラクターや展開する場面など、本作自体が映像化に向いた作品のように思うし、実際にテレビドラマ化も決まっているそうだ。ピュリッツァー賞や全米図書賞など、2016年のアメリカの主要な文学賞を総なめにした話題作だけに、ドラマも人気になるだろう。