タカラ~ムの本棚

読んだ本の感想などをボチボチと綴るブログ

西崎憲編集「たべるのがおそいvol.4」(書肆侃侃房)-オススメは、宮内悠介「ディレイ・エフェクト」、木下古栗「人には住めぬ地球になるまで」、そして「特集・わたしのガイドブック」

 

巻頭エッセイは、皆川博子の「主さん強おして」。子供の頃に友だちの家で大学生のお兄さんの書棚に並ぶ本に魅せられた記憶。ちょっと背伸びして大人の本を読むワクワク感は本好きなら誰もが味わってきた経験ではないだろうか。

いつもながら創作陣は豪華。宮内悠介、古谷田奈月、木下古栗、町田康といった錚々たる人気作家の作品が並ぶ。どの作品もオススメなのだが、深く印象に残ったという意味では宮内悠介「ディレイ・エフェクト」になる。

 

21世紀の現代世界にまるでホログラム映像のように忽然と現れた戦時中の世界。平和な現代人の目に映される戦時下の街と人。その後の歴史を知る現代人には、まだ先の苛酷な未来を知らない人々の生活を不安げに見守るしか術はない。そして、時は確実に東京大空襲に向かって流れていく。異色のパラレルワールドSFということになるのだろう。その世界の中で、主人公たち家族の複雑な事情が重なり合い、過去と現代が巧みにリンクする。

もうひとつ、好きな作家の作品としてオススメしたいのが木下古栗「人には住めぬ地球になるまで」。木下古栗らしい不思議な感覚を醸しながらもどこかいつもの木下古栗作品とは違う雰囲気をもつ作品だ。うだるような夏の日に、ふたりの男が出会い、公園のベンチで酒を酌み交わす。基本的にはただそれだけ。何か事件が起きるわけでもない。だから、個人的にはすごく面白かったのだけれど、読んだ人の中には訳がわからないと感じてしまうかもしれない。読んでいる間は、きっとこの先で何かとんでもないことが起きるに違いない、と期待しながら読み進めた。でも一向に何も起きない。そして、そのまま終わる。でも、それでいいんだ古栗だし、と妙に納得してしまった。

翻訳小説は、松永美穂訳によるマルレーン・ハウスホーファーの短篇と西崎憲訳によるフランス短篇集。西崎さんが訳したのは、アルフォンス・アレー、マルセル・シュオッブ、マルセル・ベアリエの作品。それにしても、英米文学の翻訳を手がけている西崎さんがフランス文学を翻訳するとは驚きだった。しかも、このためにフランス語を勉強したという。マルチな才能で多方面で活躍されている上に、常に新しいことにチャレンジするのはすごいなぁと思う。

第4号の特集は「わたしのガイドブック」と題して、谷崎由依、山田航、山崎まどか、澤田瞳子の4人がそれぞれの「わたしのガイドブック」についてエッセイを寄稿している。ただ旅のガイドブックについて語っているわけではない。旅に出るため、街で気に入った風景を見つけるため、かつての夢見る少女たちへのアドバイスとして、〈駅〉という場所を最大限楽しむための心得として、それぞれの筆者がそれぞれのガイドブックを記していく。編集者あとがきで西崎さんが「よい意味でとてもバランスの悪いものになった」と書いているが、確かに同じテーマで記されているのにそれぞれに個性的なエッセイになっていて、そこが面白い。

その他、短歌にエッセイもあって、どれも面白い。どれも読み飛ばせないのだ。

ただ、今回は全般的に安定していたのは少し物足りないと感じた。第1号では今村夏子を復活させ、第2号では大前粟生という新しい才能を世に知らしめ、第3号では台湾の若手作家黄崇凱の存在感を印象づけた。「たべるのがおそい」は、そうした私たちが見逃していた、あるいはまだ知らない作家の存在を教えてくれていた。第4号でも、当初は公募作品から新しい才能を掲載する予定だったそうだが、残念ながら紙数の関係で見送ったのだという。今回掲載できなかった公募作品については、次号や次々号での掲載となるそうなので楽しみにしたい。

 

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