ガタガタ書評ブログ

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温又柔「台湾生まれ日本語育ち」(白水社)-家族への愛、台湾への愛、そして日本語への愛。この本には、温又柔さんのたくさんの愛がこめられている

台湾生まれ 日本語育ち

台湾生まれ 日本語育ち

 

 

温又柔さんが登壇する書店イベントに参加したことがあります。5月末に青山ブックセンター本店で開催された「たべるのがおそいvol.3刊行記念トークイベント」でした。

登壇者は温さんの他、作家・翻訳家で「たべおそ」の編集責任者である西崎憲さん、作家の星野智幸さんのお二人でした。

そのイベントで見た温又柔さんの姿は、私に“温又柔”という作家の存在を強く印象づけました。イベントから帰宅後の私はこんなツイートをしています。

 

よく話し、よく笑い、相手の話には「うんうん」と頷きながら聴き入る。本当に文学について話すことが好きな人、それが私から見た温又柔さんという作家の印象でした。

どうして温さんは、そんなに文学が好きなのだろう?
その答えが、本書「台湾生まれ日本語育ち」を読んでわかったような気がします。

 

「台湾生まれ日本語育ち」は、台湾で生まれ3歳から日本で生活してきた温又柔さんが、家族のこと、台湾のこと、日本語のことについて白水社のホームページで連載していた「失われた“母国語”を求めて」に加筆・修正したものに、早稲田文学に掲載した文章を改題して加筆・修正したものを合わせてまとめたエッセイ集です。第64回日本エッセイスト・クラブ賞を受賞しています。

本書を読んでいて感じるのは、温又柔さんの愛です。

家族に対する愛。
母国である台湾に対する愛。
日本語で話し、日本語で書くということに対する愛。

台湾人の両親を持ち、幼くして台湾を離れて日本に来て、日本語で話し・書くことで生活してきた温さんは、外国人としての立ち位置や言葉の壁にときに悩まされたり理不尽な思いをさせられたりしながらも、それを受け入れ、愛を注いでいる。本書で書かれている様々なエピソードや考え方を読んでみると、それが強く感じられるのです。

純粋な日本人として生まれ育ってきた私には、温さんの立ち位置や、そこに起因する様々な状況を実感する術はありません。私にできるのは、本書に記された文章を読むことで彼女の胸の内を想像し、自分と比較し、可能な限り理解できるように努力することだけです。

本書を読んでいて、もうひとつ感じるのは日本語に対する意識の高さです。それは本書のタイトルである「台湾生まれ日本語育ち」からも感じ取れると思います。普通であれば「台湾生まれ日本育ち」とするところを意識的に「日本語育ち」としているのですから、温さんにとっての日本語の存在の大きさがわかるような気がします。

言葉というのは私たちを構成する重要な要素だと思います。ただ、私も含め日頃から自分にとっての日本語の存在を意識している人は少ないと思います。ですが、温さんにとっての日本語は常にその存在を意識せざるを得ない言葉になっているのではないでしょうか。だからこそ、先日第157回芥川賞候補となった「真ん中の子どもたち」でも登場人物たちに言葉の問題を語らせているのだと思うのです。

国籍の問題も言葉に対する意識も、温さんと私の間には大きな隔たりがあります。それは事実として避けようがありません。だけど、本書に書かれていること、温又柔さんの他の著作に描かれていること、その他様々な立場・立ち位置の違いについて書かれたり、描かれたりしている多くの著作物から、たくさんのことを学び、考えることはできます。今こそ、考える必要があると改めて感じた読書でした。

真ん中の子どもたち

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真ん中の子どもたち (集英社文芸単行本)

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来福の家 (白水Uブックス)

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