ガタガタ書評ブログ

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ポール・トーディ/小竹由美子訳「ウィルバーフォース氏のヴィンテージ・ワイン」(白水社)-『私の身体はワインでできているの』ではないけれど、ウィルバーフォース氏にはワインしか見えていない

ウィルバーフォース氏のヴィンテージ・ワイン (エクス・リブリス)

ウィルバーフォース氏のヴィンテージ・ワイン (エクス・リブリス)

 

 

お酒に関しての蘊蓄を語る人は多い。産地がどうとか、杜氏は誰かとか、何年物は葡萄の生育が良かったから味が良いとか悪いとか。中でもワインについては、ソムリエという職業もあったりして、それが立派に成り立っているのだから、ある意味奥が深いと言えよう。

ポール・トーディ「ウィルバーフォース氏のヴィンテージ・ワイン」は、ワインにとりつかれたある男が主人公だ。

 

物語は、その男ウィルバーフォース氏がロンドンにある高級レストランを訪れるところから始まる。彼はその店で高級なヴィンテージ・ワインを注文する。冴えない風体で金を持っているようには見えないウィルバーフォース氏を訝る店の人に彼は多額の現金を提示して見せる。だが、いざワインを口にするとウィルバーフォース氏は酩酊し、突然唄を歌ったりするなどして騒ぎ出す。結局彼は丁重に店を追いだされてしまうのである。

なぜ、彼はそこまでワインにとりつかれ、挙句の果てにアル中にまでなってしまったのか。物語はその経緯を時をさかのぼって語っていく。

類まれなるコンピュータプログラミング能力を武器にソフトウェア開発会社を起業したウィルバーフォース氏は、財務責任者である友人アンディの力を借りて会社を成長させる。

ウィルバーフォース氏自身は、人付き合いが苦手な生粋のエンジニアである。ある日彼は小高い丘の上にあるワインショップを訪れる。フランシス・ブラックというその店の経営者は博識なワイン知識を有し、そこに集まる同世代の仲間たちとウィルバーフォース氏は付き合いを深めていく。フランシスの手ほどきでワインの知識を得たウィルバーフォース氏は、フランシスが死の床にあることを知り、彼の蒐集したワインコレクションを店を含む土地ごと買い取ることを決め、その資金を調達するために順調に成長していた自分の会社を売却する。そして、フランシスを通じて知り合ったキャサリンと結婚する。しかし、ウィルバーフォース氏はすっかりワインに取りつかれてしまっていて、毎日テイスティングと称してワインを大量に飲むようになり、やがてそのことが原因となってキャサリンを事故死させてしまう。失意のウィルバーフォース氏は、一度はアル中改善に取り組んだのだが、深く蝕まれた彼の身体は元に戻ってはくれなかった。

ひとつの趣味に没頭し我を忘れるほどにのめり込んでしまう人は、私自身も含めて身の回りにたくさんいる。物理的に読めないほどの本を買って、部屋の書棚に入り切らないほどの積読本の山を見てご満悦の購書家なんかは、まだ可愛いものだろう(と、自分に言い聞かせる意味で書いてみる(笑))。しかし、ウィルバーフォース氏のようにワイン好きからアルコール依存症になってしまうまでのめり込んでしまってはいけない。

前作「イエメンで鮭釣りを」では、中東のイエメンで無謀な鮭の養殖事業に悪戦苦闘する研究者の姿をコミカルに描いた著者は、今回ワインに取りつかれてしまった男の悲喜劇をやはりユーモアを交えて描き出している。前作ほどの笑いの要素はないが、ウィルバーフォース氏の転落人生をただ悲劇として描くのではなく、誰にでも起こりうるかもしれない出来事として描いている。実の両親を知らず、養父母に育てられたことで対人関係に支障をきたすようになった男が、ある出会いをきっかけにワインにのめりこみ、すべてを投げ捨てて没頭していく姿は、対人関係が希薄で自分の趣味の世界でしかうまく生きることのできない現代人を痛烈に皮肉った内容にも感じた。

 

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イエメンで鮭釣りを (エクス・リブリス)

イエメンで鮭釣りを (エクス・リブリス)