ガタガタ書評ブログ

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ジェイムス・クリュス/森川弘子訳「笑いを売った少年」(未知谷)-世界が不穏な方向に向かっていると感じられる今、「笑うことができる」という幸せの意味を改めて考えてみたいと思う

笑いを売った少年

笑いを売った少年

 

 

子どもの笑い声は、周りを明るく元気にさせてくれる魔力を持っている。

ジェイムス・クリュス「笑いを売った少年」の主人公ティム・ターラーは、「最後にシャックリがついてくる、だれの心をも明るくしてしまうとびきりの笑い」を持っていた。

 

ティムは、3歳で母親を亡くし、継母と連れ子の義兄エルヴィンと狭い裏通りの家で暮らしていた。継母はティムを虐待し義兄はティムをいじめた。父親と競馬場で過ごす日曜日だけが楽しみだった。

その父親が職場で事故死する。葬式の日、父と過ごした競馬場でティムはひとりの紳士リュフェット氏と出会う。リュフェット氏は、ティムに「あらゆる賭け事に勝てる能力を与える代わりにティムの《笑い》をリュフェット氏に与える」という取引を持ちかける。ティムはその取引を受け、その日からティムの《笑い》は失われる。

《笑い》を失ったティムは、どんどんと周囲から孤立していく。継母と義兄は彼が稼いでくる大金だけに目がくらみ、さらに傲慢で卑小な人間に落ちぶれていく。ティムはそんなふたりを軽蔑し、家を出てひとりで生きていこうとする。賭け事の能力を使って人生の岐路となる場面をくぐり抜けながら、ティムは少しずつ確実に成長していく。《笑い》を失ったまま。

《笑い》を失ったティムは、大金を稼ぐ能力は手に入れても幸福は手に入れられない。お金は人を惑わし狂わせる。だからティムは、金目ではなく彼と対等に接してくれるリッケルトさん、ジョニー、クレシミールを信頼し彼らに心を開くことで、リュフェット氏から《笑い》を取り戻すための行動を起こす。そして、ついに自分の《笑い》を取り戻すのだ。

この物語が私たちに示しているのは「物事の価値観」である。

ティムは、父親に立派な大理石の墓を建ててやりたいと思っていた。その思いを利用してリュフェット氏はティムに取引をもちかける。取引が成立して《笑い》を失うことで、ティムは父親の墓を建てるために必要なお金を稼ぐ力を身につける。ところが、その力が彼の周囲から幸福を遠ざけてしまう。守銭奴と化した継母や義兄とティムの能力に畏怖を覚えて彼と距離を置く人々を見て、彼は自分は失ったものの価値を知る。

お金に価値がないというつもりはないし、できることならお金を稼げる能力が欲しい。でも、それを手に入れることが人生にとって一番価値のあることではない。作者のシェイムス・クリュスがこの作品にこめたのは「本当の価値観」とは何か、ということだ。それを自分で考えられる力こそが、本当に価値のある力なのだということだ。

本書がドイツで刊行されたのは1962年のことで、刊行から約40年後の2004年に翻訳された。訳者の森川弘子さんは、巻末の解説で原著刊行から40年を経て本書を翻訳紹介する理由のひとつをこう説明している。

クリュスは、「二度と世界の若者たちが憎しみに満たされて戦うことがないように」と、児童文学作家を志したのでした。そのときから、六十年近い歳月が流れているのに、世界には戦争が絶えません。人間が生きていく上で、戦争は不可欠な装置なのだ、と囁く悪魔の声に心を奪われてしまいそうです。今こそ、心からの言葉に託したいと思います。今ほど、クリュスの重視した言葉の力が必要なときはありません。そして、今ほど切実に、「自立した人間になれ」、「笑いを忘れるな」というクリュスのメッセージが必要なときは、ないのではないでしょうか。

本書刊行からさらに十数年の歳月が流れた。そのことを重く受け止め、改めて本書から伝わってくる作者のメッセージと解説に記された訳者のメッセージを考えなければいけない。

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