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ウィル・ワイルズ/茂木健訳「時間のないホテル」(東京創元社)-閉ざされ、歪められた空間で狂気と正義がせめぎ合うエンターテインメント

時間のないホテル (創元海外SF叢書)

時間のないホテル (創元海外SF叢書)

 
時間のないホテル (創元海外SF叢書)

時間のないホテル (創元海外SF叢書)

 

 

内宇宙のホテル、謎の支配人、無限に繋がる絵画。
J・G・バラード『ハイ・ライズ』+スティーヴン・キング『シャイニング』
悪夢的空間にそびえる巨大建築幻想SF

この帯の惹句に興味をそそられて読みたい本リストに加えていたウィル・ワイルズ「時間のないホテル」を、書評サイト「本が好き!」の献本でいただくことができた。なので「さっそく読んだ!」と書きたいところだが、他に読みかけの本があったのと、4月になって仕事が急に忙しくなったこともあり、読み始めるまでに時間がかかってしまった。「時間のないホテル」を読む“時間がない”というダジャレみたいな状況だった。

 

ようやく読み始められてからは一気呵成、とは初めの方はいかず、ようやく読むペースがあがったのは「第二部ホテル」に入ってからで、その先は結末までペースアップして読んだ。メチャメチャ面白かった!

本書の主人公《ぼく》ことニール・ダブルは、顧客に代わって各地で開催されるイベント、コンベンションに参加して後日そのレポートを提出する“イベント参加代行業”を行っている。彼の仕事は、顧客とすれば無駄な時間を過ごすことなく必要な情報だけを手に入れることができるが、イベント主催者側としては重要な顧客情報を入手できなくなるので憎々しい存在だ。

今回ニールは、ミーテックスというイベントに参加することになっていて、会場近くのホテル《ウェイ・イン》に宿泊している。彼はこのホテルチェーンを常宿としていて、世界中の《ウェイ・イン》に泊まってきた。ニールは、ホテルでひとりの女性をみとめる。彼女のことはドバイの《ウェイ・イン》でも見ていて気になる存在だった。なぜならそのとき、彼女は全裸で意味不明なことをつぶやいていたからだ。

物語の前半「第一部コンベンションセンター」を読み切るところくらいまでは少し展開がまだるっこしいところがある。第一部では主にニールの仕事について、イベント会場や夜のパーティーで起きる出来事が語られる。書かれている中に第二部以降の中盤から終盤の展開につながる伏線があるのだが、第一部を読んでいる段階では何が伏線となるかはわからないので、読んでいて退屈な感じも受ける。

しかし、第一部の終盤でイベント主催者に仕事の内容を糾弾され、第二部の冒頭で彼のイベント参加登録が取り消されて仕事を継続することが困難になったあたりから、この物語は一気に面白味を増してくる。ニールの前には、ホテルの支配人を名乗るヒルバート、ドバイのホテルで奇行を目撃した女性(ディー)が現れ、ニールは《ウェイ・イン》というホテルの謎とヒルバートの陰謀、ディーの戦いに巻き込まれていくことになる。

帯にある『ハイ・ライズ』+『シャイニング』については、『ハイ・ライズ』よりは『シャイニング』に近いと感じた。ただ、『ハイ・ライズ』は未読なので実際のところは『シャイニング』同様に近いところがあるのかもしれない。

『シャイニング』との近さとしてはやはり設定だと思う。迷宮のように入り組みそこに泊まる者を惑わすホテル。その魔力に魅せられ悪魔と変わり果てた謎の支配人。その支配人と果敢に戦う主人公とヒロイン。彼らは互いを牽制しあい対立する。だがそれは《ウェイ・イン》という謎めいた空間を有するホテルの中という、ある意味では閉ざされた空間で起こることだ。孫悟空がお釈迦様の手のひらから飛び出せなかったように、彼らはホテルの空間から抜け出すことができない。

前半で退屈さを感じても、後半にはその退屈さをふっ飛ばすような怒涛の展開が待ち構えている。久しぶりにエンタメ小説を読んだ。十分に満足できた。

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ハイ・ライズ (創元SF文庫)

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シャイニング〈上〉 (文春文庫)

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シャイニング〈下〉 (文春文庫)

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