タカラ~ムの本棚

読んだ本の感想などをボチボチと綴るブログ

大野木寛「乳房をふくませる」(だだしこ出版)−表紙にだまされないで!読めば分かる。「これは傑作だ!」と。

bookwalker.jp

筍の美味しい季節になりましたね。この時期になると、ご近所さんだったり親戚だったりけっこういろいろなところから採れたての筍をいただくことがあります。食べられるようにするまでの下処理が大変ですが、筍ごはんに煮物に天ぷら、細切りにして牛肉とピーマンと炒めればチンジャオロースと様々な料理に変身するのが楽しいですよね。

さて、大野木寛「乳房をふくませる」の最初の短篇「おすそ分け」は、ご近所さんから季節の風物詩たる《おすそ分け》をいただくお話です。この《おすそ分け》は甘辛く煮て食べると美味しいらしく、丁寧に下ごしらえをして圧力鍋で煮込みます。トロトロになるまで煮込まれた《おすそ分け》は口に入れただけで骨から身がホロリと外れるほどに柔らかく、酒の肴にご飯のおかずにと家族で競うようにいただくのです。

ね、美味しそうでしょ?

 

問題はこの《おすそ分け》が何か、というところ。その正体こそが、この大野木寛という作家の想像力の勝利なのです。ネタバレになりますので《おすそ分け》の正体は書きませんが、私はこの短篇「おすそ分け」を読んだ瞬間に本書の魔力に心を鷲掴みにされました。いや、スゴイわ。

大野木寛「乳房をふくませる」は、表題作を含む11篇の短篇で構成される連作短編集です。電子書籍販売サイト「BOOK☆WALKER」で販売されている電子書籍で、紙書籍では入手できません。ちなみに価格は税抜き100円です。

物語の中心は夫婦と娘、息子の四人家族で、語り部となるには妻です。彼女は、地方の村の出身ですが、ある事情があって故郷には帰れません。その事情というのが、この連作短編全体を通じた基盤の設定となっています。

この作品がスゴイのは、ひとつひとつの短篇で描かれている話がどれも極めて日常的な話でありながら、かつ非日常が描かれているということです。

ご近所さんから季節の美味しいものをいただいて家族で食べる話(おすそ分け)
庭に害虫が出たのを旦那の女性部下が退治するのを見て妻が旦那の浮気を疑う話(小さなトゲ)
子どもにせがまれて捨てられていた生き物を飼うことになる話(乳房をふくませる)
家族とディズニーランドに行く話(ディズニーランド)

話のベースは『日常』なのです。ところが、そこに『非日常』的な何かが紛れ込むことで、物語が一気に色を変えるのです。《おすそ分け》の正体。《害虫》の正体。《生き物》の正体。ディズニーランドで家族が偶然出会う《いとこ》の正体。そのすべてが非日常であり、その非日常は村を襲った《ある悲劇》から生み出されているのです。その悲劇が「帰郷」で明かされたとき、「あぁ、この物語は過去からの再生と未来への希望だ」と気づくのです。

「乳房をふくませる」というタイトルと表紙の印象で、本書を手に取るのをためらう人がいるでしょう。でも、ためらわずに読んでください。私がそうであったように、きっと最初の「おすそ分け」を読めば本書の魅力がわかるはずです。そのあとは、もう最後まで一気読みしてしまうのではないでしょうか。このレベルの高い連作短篇集が、たったの100円で読めるのです。読んで絶対に損はないと思うのです。