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【書評】ステファン・グラビンスキ/芝田文乃訳「狂気の巡礼」(国書刊行会)−暗闇の中で内と外の境界面を歩いているような気分になる

狂気の巡礼

狂気の巡礼

 

 

第三回日本翻訳大賞の最終選考作品6作に残った中から、今回読んだのはステファン・グラビンスキ「狂気の巡礼」である。そのタイトルにあるように、人間の狂気に満ちた短編が収録された作品集だ。

 

「狂気の巡礼」には、グラビンスキの2つの短編集「薔薇の丘にて」と「狂気の巡礼」から合わせて14編の短編が収録されている。

収録作品一覧(本書目次より)
 薔薇の丘にて
  薔薇の丘にて
  狂気の農園
  接線に沿って
  斜視
  影
  海辺の別荘にて
 狂気の巡礼
  灰色の部屋
  夜の宿り
  兆し
  チェラヴァの問題
  サトゥルニン・セクト
  大鴉
  煙の集落
  領域

どの作品からも共通して感じたのは、いろいろな意味で「内と外」の境界面を歩いているような危うい感覚だった。

例えば「薔薇の丘にて」では、街から少し離れた場所で赤煉瓦の高い壁の向こうから漂ってくる薔薇の薫りに主人公が惹きつけられる。主人公は、どうにか壁の向こうを知りたいとさまざまなことを試みる。何日も繰り返し試みるうちに、主人公は恍惚とした中で女の姿を見る。そして主人公は、ついに意を決して壁を乗り越える。だが、最後に主人公を恐怖が待ち受けている。

例えば「煙の集落」では、砂金で一攫千金を狙うふたりの男たち(語り部である〈私〉とベン)が不可解な煙に覆われたインディアンの集落にたどり着く。ただ煙がただよう集落で、ふたりはまるで人気のない集落で、ひとりの老インディアンと出会う。老人(黒いピューマ)は、煙に覆われた集落を語り、ふたりは彼の胸に金でできたトマホークの飾り物を見いだす。翌朝、ベンは村の周囲には金脈が存在することを発見するが、黒いピューマの話に不穏さを感じた〈私〉は、村には手を付けたくないとベンに告げる。ベンはひとりで金を掘ろうとするが、その彼に悲劇が訪れる。

「薔薇の丘にて」も「煙の集落」も、赤煉瓦の壁や煙を隔てた内と外の境界面を超えることで起こる恐怖を描いている。開かれた外の世界から現れる人たちは、謎に満ちた内側の世界に魅入らされ、恍惚となり、そしていつしか深い闇の中へと落ち込んでいく。

グラビンスキが描き出している小説の世界は、まさに境界面から内側へ落ち込むか、外側へとどまるかのバランスの危うさにあるように思える。内側とは、人間の内面に広がる弱さであり残酷さであろう。つまり、グラビンスキの小説は人間そのものが複雑な世界観の中で描き出されるということなのではないか。

描き出されている恐怖が、人間的な弱さや残酷さを想起させるからこそ、グラビンスキの小説が読者である私たちに言い知れぬ怖さを与える。およそ100年前に書かれたグラビンスキの小説が、今の時代に読者にこれほどの恐怖を与えるというのは、グラビンスキの描き出す人間の内面的恐怖の構図が、当時も今も共通しているということなのだろう。

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