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【書評】ヴィンス・ヴォーター/原田勝訳「ペーパーボーイ」(岩波書店)-そして、少年は成長する

ペーパーボーイ (STAMP BOOKS)

ペーパーボーイ (STAMP BOOKS)

 

 

子どもの頃の経験は、その子を大きく成長させるだけでなく、大人になってからの素敵な思い出や生きる糧となる。

ヴィンス・ヴォーター「ペーパーボーイ」は、少年のひと夏の経験を描く物語だ。

1959年の夏、メンフィス。ヴィクター少年は友人ラットの代わりに1ヶ月間新聞配達の仕事をすることになる。ヴィクター少年は、吃音症のためうまく喋ることができない。言葉を発するときには、いつも「ssss(スススス)」と歯の間からゆっくり息をもらしながらそっと言うようにしている。

 

1ヶ月の新聞配達でヴィクター少年にはいくつかの出会いがある。中でも、ワージントン夫人とスピロさんとの出会いは、ヴィクター少年を大きく成長させることになる。ワージントン夫人との出会いによって、少年は大人の女性が抱える複雑な家庭事情を知り、スピロさんとの出会いによって、広く世界を知ることの楽しさを知る。ヴィクター少年は、配達や集金の中で彼らと会うことを心待ちにする。ワージントン夫人とは、彼女の抱える問題もあって思うように関われなかったけど、スピロさんからは素敵なプレゼントともにいろいろなことを教えてもらった。

もうひとり、ヴィクター少年にとって大事な人がいる。それは、マームだ。マームは、ヴィクター少年の家で働いている家政婦である。母親からは、彼女を「ミス・ネリー」と呼ぶように言われているが、吃音で言いにくいのでヴィクター少年は、彼女を「マーム」と呼ぶし、マームは、ヴィクター少年を「リトル・マン」と呼ぶ。

こうした多くの大人たちに見守られてヴィクター少年はその夏を過ごす。マームを巻き込んで、ある事件も起きるけど、それも彼にとっては成長を促す糧のひとつである。

この物語が、深く心に響くのは、ヴィクター少年の成長という要因もあるのだけれど、それ以上に彼を見守る大人たちの優しさにあるように思う。私が感銘したのはスピロさんの存在だ。最初の集金の日、スピロさんから「名前を教えてほしい」と言われてヴィクター少年は途方に暮れる。彼にとって自分の名前を発音することは、リンカーンの演説を暗唱する以上の難問なのだ。どうにか名前を言おうと呼吸を繰り返すうちに少年は卒倒してしまう。

そんなヴィクター少年に対して、スピロさんは決して蔑んだり、哀れんだりしない。吃音症という少年の性質をあるがままに受け入れるのだ。そして、ヴィクター少年に1ドル札の4分の1切れを与える。そこには「Student(学ぶ者)」と記されている。それは、スピロさんからヴィクター少年への特別な報酬であり、大事なメッセージになる。2枚めのドル紙幣の切れ端には「Servant(尽くす者)」、3枚目には「Seller(商う者)」とあり、最後の一切れには「Seeker(探し求める者)」の言葉が記されていた。そして、スピロさんから「魂の四分割の意味を理解するように努めよ」とのメッセージが添えられていた。

Student(学ぶ者)
Servant(尽くす者)
Seller(商う者)
Seeker(探し求める者)

スピロさんからヴィクター少年に送られた4つの言葉には、どんな意味が込められているのだろうか。読者は、ヴィクター少年と同じように、この言葉の意味を探し求めることだろう。

学ぶこと、尽くすこと、商うこと、探し求めること。これは、人が人と接して生きていく中で大事にしなければいけないことなのだと、私には思える。そう解釈した上で、スピロさんからのメッセージをヴィクター少年が理解したときのことを考えると、少年がさらに大きく成長した姿が思い浮かぶ。

本書は、第三回日本翻訳大賞の最終選考作品に選出された。そのことについて、訳者の原田勝さんが自身のブログでかなり驚かれているが、実際に読んでみると最終選考作品に残るのも納得できる。残って当然の作品だと思う。

haradamasaru.hatenablog.com

第三回日本翻訳大賞の受賞作発表は4月10日だ。本作が大賞を受賞するのか、気になるところである。

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www.honzuki.jp

 

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 ■第三回日本翻訳大賞:最終選考候補作品

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