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ガタガタ書評ブログ

読んだ本の感想などをボチボチと綴るブログ

【書評】西加奈子「i(アイ)」(ポプラ社)-《i=自分(I)=アイデンティティ》 自分という存在に悩み葛藤するアイの物語

i(アイ)

i(アイ)

 

 

西加奈子の作品を読んで思うのは、西さんの中では“アイデンティティ”というのが大事なテーマになっているのだろう、ということだ。直木賞を受賞した「サラバ!」も最後は主人公の圷歩が自らの生い立ちを見つめ直し、新しい自己を見出す歩みを踏み出そうとする物語だった。

s-taka130922.hatenablog.com

 

 

「i」は、直木賞受賞後第1作となる長編小説である。物語はこう始まる。

「この世界にアイは存在しません」

高校に入学して最初の数学の授業で、教師が言ったこの言葉にアイ(ワイルド曽田アイ)は、「えっ」と思わず声を上げる。数学教師の言う「アイ」とは虚数の“i”である。『2乗してマイナス1になる数』を表す“i”だ。

アイが、数学教師の言葉に反応したのは、彼女の名前が“アイ”だからということもある。それ以上に、彼女の出自、生い立ち、自分自身の存在価値に対する彼女の迷いから、「アイは存在しない」という言葉に敏感に反応したのだ。アイは、アメリカ人の父と日本人の母を持つ。だが、アイは両親の本当の子どもではない。彼女はシリア人の孤児で、ワイルド家の養子なのだ。その立場が、彼女に自分自身の存在について考えさせる。両親は、実の子どもに注ぐ以上の愛情をアイに注いでくれる。祖父母や親戚もアイを否定することはない。だが、アイの心のなかには常に自分自身という存在への苦悩がある。自分が置かれている場所、幸福な時間を過ごせる場所にあることに対する疑問がある。そういう葛藤をずっと抱えたままに、アイは成長していく。

本書には、アメリカ人と日本人を両親にもつシリア人という複雑な環境でもがくひとりの少女の存在の他に、LGBTも題材としている。高校時代に知り合い、その後無二の親友となるミナ(権田美菜)はレズビアンだ。アイとミナはともにマイノリティである。そのことが、物語全般を通して彼女たちを悩ませる。だが、かつてマイノリティを題材とした作品と本書が決定的に違うのは、彼女たちマイノリティの存在が決して否定されているわけではないということだ。アイは、虚数(i)に魅せられ数学に興味を持ち、大学から大学院へと進む。数学を学んでいれば、彼女のアイデンティティを否定するものはいない。同様に、ミナはLGBTに寛容なアメリカで恋人と出会い一時の幸せを得る。

様々な出来事を経て、アイとミナは、時に仲違いしながらも互いが互いを支え合う関係として成長していく。アイは、ユウ(佐伯裕)という年上のカメラマンと出会い結婚する。アイは、ユウとの子どもを強く欲する。それは、彼女にとって初めて血が繋がった家族を得るという意味で重要なことだった。不妊治療、人工授精、待望の妊娠。一方でミナはレズビアンでありながら、偶然再会した高校時代の友人と関係を持ち、そのたった1回の関係で妊娠してしまう。

アイとミナがもがき苦しむ自己の存在とは、いったい何なのだろうか。それは、おそらく多くの日本人には理解が難しいことかもしれない。西さんは、本書刊行にあたってのインタビューで本書を執筆した理由を語っている。私が下手に言葉を使って書き連ねるよりも、著者自身の言葉を読んでもらう方が、この作品を理解する上では間違いないだろう。

www.poplar.co.jp

インタビューの中では、「サラバ!」の次作としてLGBTを題材にしようと考えていたと語っている。

「実は次はLGBTについて書こうと思っていたんです。自分がLかGかBかTか分からない、どこに属するかも分からないQ(=Questioning)という概念が素晴しいなと思って。でも、究極私たちが最初に属すアルファベットがあるとすればI(=自分)だな、ということは思っていました」

そこに、シリア人としてのアイを描こうと考えたのは、世界中に衝撃を与えたシリア難民のある写真を見たからだと語る。この写真の存在は、本書の中でも重要なアイテムとして、アイに衝撃を与えることになる。

※以下リンク先には遺体の写真が掲載されています。閲覧には注意が必要です。

jp.wsj.com

アイとミナが自らのアイデンティティに決着をつけられたのかはわからない。だが、ふたりがそれまでとは違う未来を見据えられるようになったのは確かだ。それだけで、この物語のラストはハッピーエンドだと思うのである。

サラバ! 上

サラバ! 上

 
サラバ! 下

サラバ! 下