ガタガタ書評ブログ

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【書評】ジョン・バージャー著・ジャン・モア写真/村松潔訳「果報者ササル~ある田舎医者の物語」(みすず書房)-1967年に刊行され、『本書を読んで心を動かされない者は、医者になるべきではない』とまで言われる1冊。ひとりの田舎医師の姿を通して医療とは医師とはを問うドキュメンタリー

果報者ササル――ある田舎医者の物語

果報者ササル――ある田舎医者の物語

 

 

まず目に飛び込んでくるのは、男性が真剣な面持ちで右眼につけたレンズで何かを覗き込んでいる表紙の写真だ。

写真の男性は、本書「果報者ササル~ある田舎医者の物語」の主人公の医師ササルだ。それにしても、タイトルにある“果報者”とはいったいどういうことなのだろうか?

 

本書は、ブッカー賞作家ジョン・バージャーが記した文章に、写真家ジャン・モアが撮影した写真が添えられたノンフィクションである。裏表紙の作品紹介にはこうある。

ブッカー賞作家ジョン・バージャーと写真家ジャン・モアが、一人の田舎医者の姿を通して人間と医療の本質を浮彫にした傑作ドキュメント

舞台はイングランド南西部の小さな村である。その地で医師として働くジョン・ササルの仕事ぶりと村人たちとの関係性が写真と文章で描き出されている。ササルの診療所は、川と木の生い茂る大きな谷間を見下ろす丘の斜面に建っている。ガレージふたつ分くらいの大きさに、待合室、診察室、調剤室がある。入口にはこんなプレートが掲げられている。

建物のドアに掲げられるプレートには〈ジョン・ササル医師 医学士、外科学士、王立産科婦人科学院産科医〉と記されている。

本書には、ササルと村人たちとの日々の関わりが記されている。ササルのもとに持ち込まれる様々な診療依頼。山での作業中に倒れてきた大木の下敷きになってしまった男。母親の世話に疲弊しストレスから体調を崩した娘。死を間近にした老妻と彼女を見守る老人。老若男女、様々な世代、立場の人たちがササルの診察を受け、ある者は救われ、ある者は覚悟を求められ、そして静かに受け入れる。ササルは、いつも誰とでも同じスタンスで対峙し、真摯に病と向かい合う。

ササルは、本当に“果報者”なのだろうか。彼は、いつも患者のために生きてきた。真夜中に往診の依頼があっても、診察中に横柄な態度に出られても、ササルは患者に寄り添い、病を受け止めてきた。医師として働くことは、ササルにとって天職であり、天職を見出したことが彼にとっての果報なのかもしれない。

ササルについてのすべてが語り尽くされたとき、最後のページをめくったところに掲載された最後の写真がある。丘の上にある診療所に向かって階段状の坂道を力強く登っていくササルの後ろ姿だ。そこには彼の、医師としての強い意志と希望が感じられるような気がする。

だからこそ、「あとがき」に記されたその後のササルに関する事実は、私にとって脳天を打ちのめされたような衝撃だった。私の中ではしばらく気持ちの整理がつかないほど、その衝撃は激しかった。そして、それまで読み通してきた本編をもう一度振り返り、ササルにとっての果報とは何かを考え直さざるを得なかった。

田舎医師として生きてきたササルの人生は、衝撃をもって結末を迎えることになったが、私は彼がその最後の出来事をもって不幸であったと結論付けることはできない。長く幸福な人生の最後をどのように迎えるのかは人それぞれであるし、その受け取り方も十人十色である。結末を重視するのか、生き様(プロセス)を重視するのか。人がそのどちらを選ぶのかはその人の考え方だ。それはササルも一緒だと思う。

ただ、長い人生を通じて、ササルが幸せであったと信じたい。