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【書評】スティーヴン・キング/白石朗訳「ミスター・メルセデス」(文藝春秋)-メルセデスを暴走させて8人の命を奪った殺人鬼“ミスター・メルセデス”と退職した元刑事との息詰まる攻防

2017年最初の更新になります。今年もよろしくお願いします。
新年最初にとりあげるのは、年末年始に読んだスティーヴン・キングの「ミスター・メルセデス」です。

スティーヴン・キングといえば、「キャリー」、「シャイニング」、「IT」、「アンダー・ザ・ドーム」など数々のベストセラーを生み出してきたモダンホラー小説の巨匠である。その“モダンホラーの巨匠”による初めてのミステリー作品が、本書「ミスター・メルセデス」であり、初ミステリーにしてアメリカ探偵作家クラブが選出するエドガー賞の長編部門賞を受賞している。

 

「ミスター・メルセデス」は、2009年4月の早朝に起きた残忍な事件により幕を開ける。市民センター前に集まった求職者の列に、1台の暴走するメルセデスが突っ込んだのだ。死者8人、負傷者多数。8人の死者の中には赤ん坊も含まれていた。無差別殺戮を起こしたメルセデスはそのまま逃走し、犯人も捕まらないまま月日は流れた。犯人はいつしか“ミスター・メルセデス”と呼ばれるようになる。

事件からおよそ1年後、地元警察を定年退職した元刑事ホッジスのもとに1通の手紙が届く。差出人は“ミスター・メルセデス”。ミスター・メルセデスは、ホッジスに挑戦的な手紙を送りつけてきたのだ。それがホッジスの刑事魂に火をつける。彼は、自らの手でミスター・メルセデスを捕まえるために行動を開始する。

物語は、ホッジスとミスター・メルセデスことブレイディ・ハーツフィールドとの対決が描かれる。ブレイディは、ミスター・メルセデス事件を起こしたあと、メルセデスの持ち主であるオリヴィアという女性を精神的に追い詰め、彼女を自殺に追い込む。それだけで飽き足らずに次はホッジスを自殺に追い込もうと画策する。だが、ホッジスはミスター・メルセデスの挑発を受けて立つ。ジェロームという黒人少年と協力して、逆にブレイディを挑発し、彼がボロを出したところを捕まえようと知恵を巡らす。ホッジスとブレイディの互いを探り合うような対決の構図が、本書の醍醐味である。

本書は、「ミスター・メルセデスの正体は誰か」を探る謎解きミステリーであるが、あらかじめ読者には犯人を明らかにしていて、その犯人にホッジスたちがいかに迫っていくかが描かれていく。ホッジス、ジェローム、そしてホリーのトリオは、殺人鬼ミスター・メルセデスの正体を知らず、彼がなにを企んでいるのかもわからない。読者は、そのすべてを知っているわけで、ホッジスたちが、ミスター・メルセデスことブレイディ・ハーツフィールドの実像に近づいていくプロセスを見守っていくことになる。ときに、彼らのアプローチの鋭さに感心し、時に違う方向に進みそうになると歯痒い思いが胸底に走る。

キングの作品らしく、この登場人物たちがそれぞれに魅力的であり、個性的であり、非人間的である。厭な奴はトコトンまで厭な人物として描かれていて、ブレイディという男に対しては、嫌悪感はあっても好感を持てることはない。だが、そんな凶悪なブレイディにも、ほんの僅かばかりの同情できる背景が設定されているのも、キング作品らしさといえる。

登場人物のキャラクターとしては、物語の後半になってホッジスとジェロームのコンビに加わることになるホリーという女性のキャラクターが、本書の中ではもっとも興味を引くキャラクターだろう。ホリーは、メルセデスを盗まれ自殺に追い込まれたオリヴィアのいとこにあたる女性だ。母親から抑圧的に支配され続けたことで心を閉ざすようになった内向的な女性なのだが、ミスター・メルセデス事件でホッジスたちに協力する中で、ある特異な才能を発揮する。彼女の存在とその能力が最後に大きな事件を阻止するための力となっていくのだ。

初めてのミステリー作品で、これだけ読者を惹きつける作品を書けるのは、さすがスーティヴン・キングだな、という印象。かなりの長編小説(それでも、キング作品にしては短め)なのだが、途中で飽きることがないし、下巻の後半部分からラストに至るまでの一連のシーンは、テンポも良くて一気に読み進められる。

訳者あとがきによれば、キングは自身のTwitterで本書が三部作の第1作にあたることを公表していて、すでに第2作の「Finders Keepers」を2015年に、第3作の「End of Watch」を2016年に発表しているとのこと。この続編2作も次々と翻訳刊行されることと思うので、今から楽しみにしている。

 

 

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