ガタガタ書評ブログ

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【書評】「〆切本」(左右社)−〆切、それは永遠に解決されない課題である

〆切本

〆切本

 
どんな仕事でも“〆切”というものはあります。私のような一般的な会社員でも、“納期”という名の〆切があります。納期(〆切)直前になると、職場は修羅場と化し、オフィスのそこここで怒号が飛び交い、社員はどんどん疲弊していきます。まだ多少なりとも余裕のあった頃には、ドリンク剤などを差し入れにプロジェクトの様子を見に来ていた部長も、納期ギリギリまで押し迫ってくる頃には、メンバーの殺気立った雰囲気に恐れをなして近づかなくなります。どうにか納期に間に合わせてプロジェクトを終わらせることができて振り返ると、そこにはメンバーの屍が累々と横たわっている。そんな感じです。
 
いま話題になっている「〆切本」を読みました。けっこう売れているらしい。
 

 

本書は、まず白川静先生による「締/切」の定義から始まります。そこから古今の作家たちによる「原稿が書けない/〆切に間に合わない」言い訳がはじまります。田山花袋夏目漱石志賀直哉。明治、大正の文豪たちは、書こうにも書けぬと綿々と訴えかけていますが、そもそもそんな言い訳の言葉が湯水のごとく湧き上がってくるのならば、なぜ本来の小説の文言が湧いて来ぬのかと素人的には考えてしまうところ。まぁ、その辺りが凡人との差なのでしょう。
 
遅筆で鳴らした井上ひさしに至っては、「罐詰病」なる言葉を生み出し、その病が発症するまでの潜伏期間を示す等式まで定義しています。

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    S:潜伏期間
    G:原稿用紙の枚数
    N:締切日までの残日数
    I:患者(=著者)の意気込み
    M:成果に対する報酬(原稿料)
    H:担当編集者の原稿取り立ての巧拙
 
なんでも、罐詰病を発症するまでの潜伏期間は、原稿枚数の多さや締切日までの残り、著者の作品に対する意気込みやその成果物に対する報酬の多さが次々と加味されて作品が膨らむほどに大きくなる(長くなる)ようでして、まあようするにダラダラと原稿執筆が遅延していくということでしょう。その潜伏期間を短縮し罐詰病を発症させて原稿作成のスピードアップを図る係数が担当編集者の力量ということになるようです。
ところでHとはなにか。これは編集者の原稿取り立て術の巧拙である。つまり編集者の原稿取り立て術が上手であればあるだけ潜伏期間が短くなるわけだ。

はっきり言ってしまうと、作家が書けない書けないと愚図愚図しているのをそのまま放置していると、〆切間際になって事態が最悪の状況にあることが発覚し重症の罐詰病を発症する。そうなるとリカバリは相当に難しくなるので、編集者は巧みに作家の機嫌を取りつつ原稿の進捗状況を確かめ、必要ならばハッパをかけ、危険な状況をいち早くキャッチしてむしろ積極的に罐詰病を発症させて危機的状況を回避するということです。正直意味はよくわかりませんが、「編集者がしっかりしてくれればなんとかなる」という他力本願な空気をひしひしと感じます。

 
全編を読んでみて感じるのは、やはり大作家先生たちは言い訳も作品として成立しているということです。だからこそ、作家先生方の言い訳を集めたものが立派に書籍として成立し、いろいろな意味で共感を集め、ベストセラーとなっているのです。転んでもただでは起きない、とはこういうことを言うのでしょうか?(たぶん違うと思いますけど)
 
なお、私はこの本を図書館で借りました。このレビューを書いている翌日が返却期限-すなわち“〆切”です。ギリギリのタイミングで読み終わってギリギリのタイミングでレビューを書く。とりあえず“〆切”は守られたのでした。