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【書評】金子薫「鳥打ちも夜更けには」(河出書房新社)-“架空の港町”で鳥打ちを生業とする3人の男たちを描くファンタジー

鳥打ちも夜更けには

鳥打ちも夜更けには

 
鳥打ちも夜更けには

鳥打ちも夜更けには

 

小説にリアリティを求めるかファンタジーを求めるか。好みは読者ひとりひとり異なる。徹底してリアルな設定や描写を好む読者もあるし、現実からの逃避を求めて非現実的なファンタジーを求める読者もあるだろう。

金子薫「鳥打ちも夜更けには」は、リアルとファンタジーの間のどちらかというとファンタジーよりに位置する物語だ。

 

小説の舞台となるのは、本土から離れた小さな島にある“架空の港町”である。もともとは漁業で成り立っていた島だったが、島に生息するアレバティロオオアゲハという蝶の存在に目をつけた新町長の方針でアレバティロオオアゲハと蝶が好むネルヴォサという花を目玉とした観光業に力を入れるようになる。だが、アレバティロオオアゲハの幼虫を狙う海鳥や渡り鳥が集まるようになり、その鳥を駆除するために鳥打ちと呼ばれる職業が作られることになった。この物語の主人公は、その鳥打ちを生業とする3人の男たち、本土出身の沖山、生来の優しさから鳥打ちの仕事が辛くなってきた天野、鳥打ちの技術を磨くことを追求し鳥を殺すことを楽しむ保田である。

“架空の港町”で鳥打ちの仕事をしているのは、彼ら3人だけである。彼らにはノルマがあり(1ヶ月に200羽の鳥を駆除すること)、と同時に制約事項(1ヶ月の上限は300羽までとする)も存在する。彼らはともに協力しながら日々の仕事をこなしていくことになる。彼らは、ロロクリットという植物から抽出される毒薬を塗った吹き矢で鳥を狙う。彼らの仕事ぶりが“架空の港町”における観光資源にもなっていて、彼らの仕事ぶりは4人の監督官によって監視されている。

物語全体の設定は空想世界でありファンタジーよりだ。それでいて、どことなる現実的な面もあるように思える。漁業だけが唯一の産業だった小さな島が、希少なアレバティロオオアゲハという蝶を柱とした観光業に力を入れ、さらに蝶の幼虫を捕食する鳥たちを駆除する鳥打ちと呼ばれる専門職者を養成して、そのハンティングの様子も観光資源として組み入れる。もちろんすべて空想の物語であり非現実的な話ではあるのだけれど、なぜだか現実にこんな地方の町が存在しそうな気がしてくる。

3人の鳥打ちたちは、職業として日々鳥を殺し続けることを求められている。職業として割り切ってドライに淡々と仕事をこなしていく沖山と鳥打ちを技術を磨くことを追求している保田には、この仕事に対する苦悩はない。だが、天野は長く鳥打ちを続けてくる中で、その仕事に疑問を感じ、鳥を殺すことができなくなっている。ある日、天野は自分が鳥を殺せなくなっていることと自分が殺せない分を沖山と保田がフォローしていることを監督官に告白し、自宅謹慎を言い渡される。そして、謹慎期間が終わろうとしているとき、彼は“架空の港町”から姿を消す。

いかに害鳥であっても、毎日のように鳥を撃ち殺す仕事を長く続けてきたら、自分はどうなってしまうだろうか。

沖山のように、仕事は仕事と割り切り、淡々とノルマと制限事項を守って鳥を打ち続けるだろうか。
天野のように、生き物を無差別に殺戮することに良心の呵責を感じ、やがて限界を迎えるだろうか。
保田のように、鳥打ちの技術を追求し、鳥を打つことに歓びすら感じるようになるだろうか。

本書に登場する3人の鳥打ちたちは、自らの職業に対して、それぞれに違った立ち位置で対峙している。自らの職業に対する意識の持ち方は、空想世界の物語の中で人間としてのリアルが表れている。

失踪した天野は、やがて発見され、その罪を問われることになる。ラストは衝撃的であるが、と同時に不思議と達成感を得られたような気分になった。鳥打ちたちは、ある意味で“架空の港町”と彼らが長年関わってきた鳥打ちという仕事との訣別を果たすことになる。彼らはさまざまな呪縛から解放されるのだ。場面としては悲劇的なラストである。しかし、彼らの解放を意識して読むと、必ずしも悲劇ではないのかもしれないと思っている自分があった。

アルタッドに捧ぐ

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