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【書評】こうの史代「この世界の片隅に(全3巻)」(双葉社)-昔、戦争がありました。たくさんの人が亡くなりました。今、私たちは「この世界の片隅に」生きています

この世界の片隅に 上 (アクションコミックス)

この世界の片隅に 上 (アクションコミックス)

 
この世界の片隅に 中 (アクションコミックス)

この世界の片隅に 中 (アクションコミックス)

 
この世界の片隅に 下 (アクションコミックス)

この世界の片隅に 下 (アクションコミックス)

 

 

すず「この街は、みんなが誰かを亡くして、みんなが誰かを探しとる。みんなが人待ち顔ですね」
周作「うん」
周作「すずさん。わしとすずさんが初めて会うたんはここじゃ。この街もわしらも、もうあの頃には戻らん。変わり続けて行くんじゃろうが。わしは、すずさんはいつでもわかる」
周作(すずの頬に手を伸ばし)「ここへほくろがあるけえ、すぐにわかるで」
すず(周作に撫でられた頬を触りながら)「周作さん、ありがとう。この世界の片隅に、うちを見つけてくれてありがとう、周作さん」
すず(周作の手を取り)「ほいで、もう離れんで…ずっとそばに居ってください」

 

広島と長崎に原爆が落とされ、多くの罪ない人たちが犠牲があって、戦争は終わりました。この場面は、戦後の焼け野原となった広島の街で周作さんとすずさんが交わした言葉です。場面としては、このあとに、おっちょこちょいのすずさんらしい展開があるのですがそれはおくとして、本書「この世界の片隅に」でこうの史代さんが伝えたかったことのすべては、そのタイトルがこの場面に描かれていることから、ここに集約されているように思います。

この世界の片隅に」の主人公のすずさんは、広島市江波で両親と兄、妹と暮らしていました。家族からも心配されるほどボーっとしていておっとりしたすずさんに縁談が持ち上がるのが18歳の時で、相手は呉に住む北条家の周作さんでした。相手のこともよくわからないままに、すずさんは浦野の家を出て北条家に嫁入りし、北條すずとしての新しい生活が始まります。

すずさんたち主婦の生活は、炊事に洗濯、食糧の入手が困難な時代ゆえの畑仕事など、日々の家事におわれる毎日です。戦争は、ひたひたと庶民の生活にも影を落としていきます。配給が減らされ、すずさんは野草を摘んでご飯のおかずにしたり、少ない食料を家族全員で分け合うための工夫に頭を悩ませたりと、当時の苦労が伺われます。

そんな日々のなか、戦争はついに、すずさんたち庶民に牙をむきます。北條家が暮らす呉は日本海軍の拠点となる軍港の街です。当然、敵軍の攻撃対象となります。こうして、呉の街への容赦のない空襲が連日行われるようになるのです。

そして、すずさんを悲劇が襲います。

晴美ちゃんを連れた外出先で空襲に遭遇したすずさんは、ひとまず近くの防空壕に避難して難を逃れるのですが、警報解除後に時限式焼夷弾の爆発に巻き込まれてしまいます。すずさんは、右手を失いましたが一命はとりとめました。ですが、晴美ちゃんは亡くなってしまいます。この事件以降、明るかったすずさんはすっかり暗くなり、その顔からは表情が失われてしまいます。

そして、運命の8月6日。すずさんの目に映った一瞬の閃光。少し遅れて地鳴りと猛烈な風。空に立ちのぼる見たことのない大きな雲。広島に原爆が投下されたのです。

その後、長崎にも原爆が投下され、満州にはソビエトが侵攻するに至って日本は敗戦を受け入れ、8月15日に長かった戦争は終わりました。

戦後、日本人は焼け野原となった街から新しい一歩を踏み出します。それは、原爆ですべてを失った広島の街も、空襲で壊滅的に破壊された呉の街や港も同じです。生き残った人たちは、死んでいった人たちのためにも強く生きていかなければなりませんでした。

すずさんも、右手を失いましたが、戦争を生き延びました。目の前で晴美ちゃんを失い、原爆で母親を失い、父親も亡くなっています。兵隊として戦地に赴いた兄は戦死しました。たくさんの愛する人を失ったのです。

あの頃、すずさんのように家族を失った人は大勢いました。たったひとり生き残り、絶望を感じながらも強く生き抜いた人もいるはずです。そうした、強く生き残った人たちの手で日本は復興を果たし、今に至るまでの平和を手に入れました。あのとき、この世界の片隅にある街で生きていたすずさんたちと同じように、今私たちも、この世界の片隅に生きているのです。

■以下映画「この世界の片隅に」について

konosekai.jp


映画『この世界の片隅に』予告編


すずさんの物語「この世界の片隅に」がアニメ映画化され、2016年11月に公開されました。主役のすずさんを演じたのは、女優のん(能年玲奈)さんです。

www.animatetimes.com

先日、テアトル新宿で「この世界の片隅に」を鑑賞してきました。私が鑑賞したのは平日の15時過ぎの回だったのですが、劇場内はほぼ満席の状態。13時台の上映回では立ち見も出たようで、その人気の高さが伺えます。公開初日の土曜日はすべての回が満員御礼で、パンフレットも早々に売り切れたそうです。

映画の感想ですが、こうの史代さんの原作の世界観がそのまま映像化されていて、それでいて新しい発見もあり、想像していた以上に素敵な映画となっていました。すずさんを演じたのんさんの声についても、映画が始まって最初のシーンですずさんの声を聞いた瞬間、「あぁ、これはすずさんのイメージにぴったりの声だ」と感じ、以降最後までまったく違和感を感じることはありませんでした。観終わったときには、「すずさんの声を演じられるのはのんさんしかいなかった」とさえ思ったほどです。

この映画は、本当に素敵で素晴らしく、多くの人に観てもらいたいと思える映画です。なにかいろいろと事情もあるとやらで、テレビではほとんど取り上げられることがないようですが、ネットでの盛り上がりで、劇場を満員にしてしまう。むしろ、その方が本当の意味での評価であり人気なのではないでしょうか。

私の書いたこの拙い書評・レビューが、「この世界の片隅に」に注目してもらう一助になることができればいいなと、この世界の片隅からひそかに願っています。

 

s-taka130922.hatenablog.com

 

この世界の片隅に 劇場アニメ絵コンテ集

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この世界の片隅に 劇場アニメ公式ガイドブック

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「この世界の片隅に」公式アートブック

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